第9回 いろいろな世界(2019年2月)

私はかたつむりが好きなので、下を向いて歩くことが多いです。
(いや、下を向いて歩くことが多いから、かたつむりが好きになったのかも?)
一般に、何か嫌なことがあると、ヒトはうつむいて歩く傾向にあります。
そういうネガティブな気分の時に、好きな生き物を見つけて気持ちが穏やかに
なれるって、なかなか良いことだなと思います。

一方、たとえば鳥が好きな人は、もしかすると上を向いて歩く方が多いのかも
しれません。
嫌なことがあったときも、大好きな鳥を見たいがために顔を上げられると考えれば、
それもそれで悪くないですね。

ヒトはそれぞれ、見ているものも、歩くペースも、目の高さも、興味の方向性も
違います。
そんな違いがあることが、いいなと思います。

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タイプの異なるヒトといっしょに歩くと、それまでまったく気づかなかった存在
と出会います。
いっしょに歩くヒトが何かの専門家であれば、新たな発見だらけになることは
明らかですが、特に専門家でなくとも、ただ視点が違うヒトといっしょに歩く
というだけで、いつも何か新たな発見があります。

象徴的なのが、子どもと歩くとき。
ウチの子は2才半。ちょこまかと歩き回ります。

最近の生活で特に気づくのは、身の回りにいかに水たまりが多いかということ。
水たまりがあると、ためらいなく入る息子。長靴をはいているかどうかなんて、
関係ありません。というか、長靴をはいていても、中まで水が入り込むほど、
ビチャビチャと遊びます。

それから、小さな穴や隙間の存在にも敏感です。
狭くてとても通れないところも通れるかどうか確かめずには気が済まないし、
地面の穴には、石ころを落とさずには気が済みません。

私よりも早く、カエルの卵塊の存在に気づいたこともあります。

たとえ同じ個人でも、子どものころと今とでは、見ている世界が変わります。
感情の状態でも変わります。かなしいとき、うれしいとき、たのしいとき、
ねむいとき、それぞれ見える世界は変わります。


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同じヒトでこれだけ違うのだから、種が異なる生き物の世界はもっと多様です。
見える広さも、視力も、色も、私たちヒトには想像できないほど多様です。
そもそもコウモリのように視力に頼らない生き物もいます。
いったいどんな風に世界が見えているのでしょう。

のんびりで、人見知りな私は、きっと見過ごしているものもたくさんあります。
さまざまな人と歩くこと、そしてさまざまな生き物のことを知り、想像することが、
私の世界を広げてくれます。
いろんな見方に気づき、大切にできるように、生きていたいものです。