1979年のバグルスの曲で「Video Killed the Radio Star(ラジオ・スターの悲劇)」ってありました。

テレビが出てきて音楽を「聴く」だけでなく「映像で楽しむ」時代になって、「ラジオスター」が過去のものになっていく…そんな曲でした。

2000年頃にはパロディで「Internet Killed the Video Star」というFlashアニメも流行ったなあ、とか思い出したり…。

 

ということは、他の時代のメディアの移り変わりも「ホニャララ Killed the ホニャララ Star」って表現できそうだぞ…

 Gramophone killed the Bardic Star
 (蓄音機の普及で、吟遊詩人や演奏家の生演奏から録音へ)

 Radio killed the Gramophone Star
 (ラジオの普及で、高い機器を持たなくても音楽を楽しめるように)

 Video killed the Radio Star
 (テレビやMVの普及で、音楽が「聴くもの」から「観るもの」へ)

 Internet killed the Video Star
 (ネットの普及で、テレビ中心から誰もが発信する時代へ)

とか、こんな感じかもしれませんね。

 

こうなると、次を考えたくなります。なんとなく

 AI killed the Internet Star
 (AIの普及で、人間が作ったコンテンツから生成されるコンテンツへ)

というのが2026年現在の感触ですね。

 

…などと考えていたら、ふと、

「これを話し合いの進め方に当てはめたらどうなるんだろう?」

と思いました。かなり乱暴に並べてみると、

 

 昔は、自然発生的な雑談や寄り合い。焚き火を囲むサークル

 

 人が増え、話し合いが複雑になると、議長や司会など進行を担う役割が生まれる。

 

 みんなが話しやすい場を支えるファシリテーターの考え方が広まる。

 

では、その次は?

 

 AIが参加者を支えたり、場がうまく回るような環境を整えるようになる感じでしょうか。

 そうなると、AI時代のファシリテーターは何をする人なんでしょうね。

 

ただ、メディアにしても話し合いの進め方にしても、完全に以前のものが失われて次に移るんじゃなくて、前のも残りながらその上に積み重なっていく感じだろうなあ。

 

…とか、4章と5章の直しをしながら、そんなことを考えてました。

寄り道ばかりで、ゆっくりペースですよ…。

 

原稿はたぶん、もうすぐ完成です。

 

 

今は、第4章「ファシリテーションの7つの基礎力」の4-6「構造化を支援する」を書いています。

……ぎゃ! この1か月、進みが遅いですね…。

今、書いてる「構造化」って、普段は感覚的にやってますが、その「なんとなくやってること」を文章で説明しようとすると難しい。

 

そういえば、本や原稿を書く人って、どんな環境で書いているんでしょう。

私は、自宅や職場ではなかなか書けません。

自宅だと朝の15分とかがせいぜい。「今日は1時間書くぞ!」と思うと、なかなか集中できません。

職場でもメールを返したり、別の仕事を始めたりしがちです。

なので、「原稿を書く時間をとろう」と決めた時は、仕事のデータが入っていないほぼ空っぽのMacBookを持って、わざわざ出かけたりします。ファミレスとか。季節がよければ駐車場の車の中とか。

きっと注意力散漫なんでしょうね。すぐ、別のことに気を取らるので、なるべく他の連絡や通知が来ない場所に行くようにしています(原稿はクラウド上にあるので、ネットもGmailもチェックできちゃいますが…)。

 

すらすら長文を書ける人はすごい。

私は、図や箇条書きなら割とピャッとまとまるのですが、それを文章で伝えようとすると急に手が止まります。長めの文章を書くのってまた違う能力なんでしょうね。

もし、原稿や何かの文章を書く時はこんな場所で書いてるよ!とか、こんな工夫をしてるよ!という方いらっしゃったら、ぜひ教えてください。ちょっと真似してみたいです、笑。

 

 

 

今は、第4章「ファシリテーションの7つの基礎力」の4-3「問いかける」を書いてます。

元になる原稿はあるのですが、10年近く前に書いたもので、読み返すとそのままではちょっと…という感じ。結局かなり書き直しています。

ゆっくりですが進んでます。

 

こういう時はChatGPTなどのAIにも相談します。

「読みにくい箇所を指摘して改善提案」とか

「文字数を60%に減らしてリライト」とか。

 

すると、ちゃんとそれらしい文章が返ってきます。

しっくりこないので、手を入れ直すことになるのですが、ヒントやきっかけにはなります。

 

横道に逸れますが、最近はメールや文章を書く時にAIに手伝ってもらうことが増えました。

おかげで仕事は速くなりました。

生産量も増えました。

一方で、自分の作文能力は少し落ちてる気もします。

機械で例えると、「ギア比を変えて速度は上がったけれど、トルクが弱くなった」

そんな感じです。

 

その逆の状態を想像すると、

「メール1通しか書けなかったけど、心のこもったメールになった」とか

「訥々とした話し方だけど、長く記憶に残るスピーチ」とか、でしょうか?

AIと仕事をすると、どうもその逆の方向へ進みがちな気がします。

もちろん、AIに助けられていることは多いのですが、引き換えに失っているものがあるなー、と考えたり。

 

まあ、でも、こんなことが気になるのは、AIが普及している途中段階の、2025-2027年頃に特有な感傷かもしれませんね。

もう数年経つと、膨大に生成される文章や動画が当たり前になっていき、気にならなくなっていくのかもしれません。手触り感のある文章や絵が長く愛されてほしいなあ!

 

そんなことを考えながら、今日も原稿を直しています。

 

 

ファシリテーショングラフィックの本を書こうとして、ずいぶん経ちました。

 

もう何年も、「今、本を書いてて」って周りに言ってる気がします。

友人知人からも、「まだ?」とか「書く書く詐欺やな」とか言われます(笑)。

 

最初はもっと普通の実用書っぽい内容でした。

けれど、「ファシリテーション」と「里山」や「環境保全」って似てるよなあ、みたいなことを盛り込みながら書いていたら、なんだか読みにくいものになってしまって。

手直ししようとしたら、今度はバラバラになって、しばらく放ったらかしてました。

 

板書の技術や、その背景にある考え方を書こうとすると、どうしても長ったらしくなって。

そこをざっくり削ると、「なんか当たり前のことしか書いてないな…」という気がしてきて、「これ、書く意味あるのかな」と、やる気をなくしたり。

 

そんな感じで、行ったり来たりしています。

 

けれど、編集者のYさん、インタープリターのMさんと、月1ペースで半分雑談(失礼)みたいなZoom会議をしながら、ゆっくり進んでいます。

このコラムも、以前は原稿の一部を先出しする形で書いていましたが、しばらく、本の完成まで、頭の中の雑談みたいなことを書いていこうと思います。

 

ちなみに、本の半分くらいに、桃太郎や、おじいさん、おばあさん、村人たちが登場します。

板書技術の説明より、桃太郎のセリフをどうするか考えてる時間の方が長いかもしれません。

 

でも、そんなふうにちょっとずつ書いていて自分でもる時間が、最近はちょっと楽しいです。

 

 

ファシリテーショングラフィック本は、あっち行ったりこっち行ったりしながら書いてます。

で、図表の章で考えた事例の一つ、会議で使わなさそうなので本には載せませんが、面白かったのでコラムに置いときますね。

 

「緊急度×重要度」みたいに二つの軸を交差させる「四象限図」。

この図を、幕末の有名人でも作れるんじゃないかな?と考えました。

 

一つ目の軸は「尊王-佐幕」 (がち尊王・やや尊王・中庸・やや佐幕・がち佐幕)

二つ目の軸は「攘夷-開国」 (がち攘夷・やや攘夷・中庸・やや開国・がち開国)

 

このあたりは歴史家や解釈によっていろいろですし、「単純化しすぎじゃない?」とかツッコミどころありますが…

でもまあ、試しにエイヤッとやってみました。

西郷隆盛:中  庸・やや攘夷 → がち尊王・やや開国
高杉晋作:やや尊王・やや攘夷 → がち尊王・やや開国
坂本龍馬:中  庸・中  庸 → やや尊王・がち開国
勝 海舟:やや佐幕・やや開国 → 中  庸・やや開国
徳川慶喜:やや佐幕・中  庸 → 中  庸・やや開国

 

…あれですね。

幕末のみなさん、単純に1箇所にプロットされる感じじゃないですね。

大政奉還に向けて思想が変化していきます。

左下に向かうのが「時代の流れ」とも言えそう。

 

ということで、四象限図って、「変化」や「目指す方向」を表す図としても使えるかもしれません。

ファシリテーショングラフィックとして使うというより、分析や研究の図表として、という感じですが、面白いです。
 

 

さて、本の続き書こ。



 

発言を「事実」「考え」「気持ち」の三つで整理すると、落ち着いて人の話を聞けたり、対話がスムーズになったりしますね。

板書のフレームワーク(図表)として書き出すことは少ないですが、頭の中でこんな整理をしていることがあります。

 

 事 実
 ーーー
 考 え
 ーーー
 気持ち

 

「事実」は、実際に起きた出来事のこと。他の人が確認や検証することができる事柄です。

「考え」は、事実に対するその人の評価や解釈であったり、それをもとにした提案などです。

「気持ち」は、その人が抱いている感情で、根拠や理屈では説明できないこともあります。

 

 

<例1>イベントのふりかえり

 事 実:参加者数が3名だった

 考 え:参加者が少ないのでもう辞めるべきだ
     参加者を増やすために広報に力を入れよう
     参加者と密な交流ができてむしろよかった

 気持ち:がんばって準備したのに残念だった
     気負ってたけどちょっと安心した

 

<例2>スケジュールの検討

 事 実:締め切りまであと2週間

 考 え:残り日数が少ないので他より優先して進めるべきだ
     このペースで進めたら予定通り終わるはず
     締め切りを伸ばしてもらう交渉をしては?

 気持ち:終わらせなくちゃ、焦る!
     プライベートや他のことを優先したい…

 

このあたりについて思うこと、三つ挙げておきますね。

 

たいてい「事実」の共有不足

関連する「事実」を十分に確認・共有することなく「考え」や「気持ち」を出しあうと、話し合いは衝突が起きたり混乱したりしがち。そんな時は落ち着いて事実を確認していくことが大事です。例1であれば、イベントの目的や広報実績、参加者アンケートなど。例2であれば、現在の進捗、担当者の状況などです。その点で、認定NPO法人ムラのミライさんの「メタファシリテーション」の手法はすばらしいです。https://muranomirai.org

 

どの「事実」に着目するかで違う

同じ事実であっても受けとめ方は人によって千差万別、という面も確かにありますが…むしろ実際は「どの事実に着目しているか?」の違いが大きい気がします。「参加者が3人だった」ことに着目する人と「アンケート評価が高かった」ことに着目する人では、考えが異なります。関連する事実を並べて落ち着いて眺めわたしましょう。それには板書するのが一番です。

 

それぞれ異なる態度

事実・意見・気持ちを聞くときは、それぞれ異なる態度が必要と感じます。「事実」には注目してみんなで共有する。「考え」は、いくつも考えられる選択肢or可能性の一つとして聞いておく。「気持ち」はその人の自由なので尊重して受けとめる。逆に「事実を確認しない」「一つの考えを絶対だと思う」「気持ちを評価する」のはトラブルのもとですね。

 

 

息子が学校の授業で「目標達成シート」を書いてきたようです。

あれは強力な図ですね。大谷選手も使っていたということでも話題になりました。

 

ある達成したい目標に対して「その実現に必要なこと」を8個出す。その8個それぞれに対してさらに「その実現に必要なこと」を8個ずつ出す。これをマンダラ状に四方に展開しながら書いていくという図です。

「目標達成シート」の元になったのは、1979年に松村寧雄さんが開発した「マンダラチャート(一般社団法人マンダラチャート協会の登録商標)」、1987年に今泉浩晃さん考案した「マンダラート」、の二つあるようですが両者の関係はわかりません。

どんなものか?やり方は?に興味がある方はこのあたりをどうぞ。

「マンダラート」wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/マンダラート

マンダラチャートとは?」Miro. https://miro.com/ja/brainstorming/what-is-a-mandala-chart/

「d's JOURNAL/目標達成シート(マンダラチャート)とは」パーソルキャリア. https://www.dodadsj.com/content/230831_goal-achievement-sheet/

(全て2024.09.27.閲覧)

 

 

「目標達成シート」が強力なフレームワークである理由を挙げてみると…。

 

1)8個、出すこと。

 何かのお題に対して2、3個のアイデアを出すのはわりと簡単。けれど、8個出そうと思うと、ちょっと考え込んだり、あれこれ発想を広げたりする必要があります。その負荷の具合が絶妙な数じゃないかなと思います。

 

2)2段階で具体化すること。

 目標に対して「その実現に必要なこと」を8個出す作業を2回繰り返します。最初の目標が多少抽象的であっても、2段階具体化することで、すぐに取りかかれそうなタスクにまでかみ砕くことができます。抽象的な目標を行動につなげる点が強みです。

 

3)「マンダラ」なこと。

 2段階で8個ずつ出す作業は箇条書きで書くことも可能です。文字情報としては全く同じものでも、マンダラ型に書かれたものと箇条書きで書かれたものでは、印象がかなり違います(下イラスト)。マンダラ型では全体を把握しやすかったり、新たな気づきが生まれやすい利点があると感じます。

 

やー、よい図ですね。発表されて何十年も経っていますが、根強く活用されているのはその効果を実感する方が多いからだと思います。

そして、「ちょっと頑張って多めにアイデアを出してみること」「2段階、3段階とかみ砕いて具体化すること」「マンダラ状に記録して発想を広げること」などは、日頃から応用が効く考え方だと思います。

 

使えそうで使えないちょっと使えるフレームワークの第6回。

今月は「事前検死(pre-mortem/プレモーテム)」です。

なんか物騒な言葉ですね。

 

「事前検死」とは、なにかのプロジェクトをやろうとしている時、事前に失敗パターンを洗い出して、対策を具体化させておくことです。手順で言えばこんな感じ。

 ①プロジェクトが失敗したとしたら、それはどういう状況か?考えられるものを挙げる。

 ②それぞれの「失敗した状況」に対して、原因を挙げる。

 ③原因を踏まえて対策を考える。

 ④対策の中から優先順位や期限、担当を決めて実行していく。

 

「失敗するかも?」と悲観的になることではありません。

「失敗するとしたらこれ。だから対策しとこ。」という考え方です。

 

この事前検死の話し合いを板書する時は、

シンプルに三つのスペースで「失敗した状況」「原因」「対策」を書き出していくのが簡単です。

「失敗した状況」は、3、4行スペースを空けつつ挙げていくと、後で見やすくなります。一つの状況に対して、原因や対策は複数考えられることが多いからです。

こんな感じ。あくまで雰囲気ということで、内容は細かく見ないでください(笑)。

ちなみに、新企画「まちなかの森をめぐるガイドツアー」を想定して書いてます。

 

フレームワーク自体は、安全管理のコラム第11回「事故事例研究」や、このコラムの第26回「原因・対策系マトリクス図」とほとんど同じです。事実と考えを分けて考えることや、それを踏まえて対策を出すことでは共通しているからですね。

 

事前検死の場合は、事故や課題が発生した後ではなくて、あらかじめ行うのがポイント。

プロジェクト運営の精度を上げることが目的です。

 

参考文献:

 山崎裕二(2018)先にしくじる 絶対に失敗できない仕事で成果を出す最強の仕事術.日経BP

  【knowledge】プロジェクトの成功率を高める事前検死(pre-mortem) https://zenn.dev/bules/articles/a36ca13666ad34(2024.02.03.閲覧)

 

 

 

 

使えそうで使えない少し使えるフレームワークをご紹介するコラム、5回目。

 

何かの問題や困りごとがあって、その対応策を考える時に、二つの面から考えたらいいね、という図です。図というほどのものではありませんね(笑)。真ん中に1本、縦線を引くだけです。

左側が「離脱」。問題から離れる方向でアイデアを出すエリア。代わりになるものを見つけたり、縮小・中止しても大丈夫にするアイデアを出します。

右側が「発言」。問題に取り組み改善する方向でアイデアを出すエリア。効率化や活性化を試みたり、修正点、改善点を出していきます。

 

元ネタはハーシュマンの「離脱・発言・忠誠」です。

 離脱:地域や組織に問題が生じた時にそこから離れる行動。

 発言:地域や組織に問題が生じた時に解決のために働きかける行動。

といったことだと理解してます(詳しい方あればツッコミを…)。

 

「離脱」と「発言」の例を挙げると…。

<商品の品質が悪くなった時の顧客の行動>
 離脱:その商品を買うのをやめること。
 発言:不満や改善提案を企業に伝えること。

<地域コミュニティに問題がある時の住民の行動>
 離脱:引っ越すこと。移住すること。
 発言:住民で話し合うこと。投票すること。

<会社の労働環境が過酷な時の社員の行動>
 離脱:退職して別の仕事を見つけること。
 発言:労働環境の改善のために行動すること。

 

何かの問題に対して対応策を考える時、ついつい「とどまって問題を改善すること」に囚われてしまうことがあります。そもそもこれって必要だったのか?代替案はあるか?といった「離れて代わりを見つけること」も選択肢として持っておくと視野が広がります。

「離脱」することが賢いとか、「発言」することが尊いとか言うつもりはありません。その両者を行ったり来たり、見比べることで気づくことが出てきそうだな、という気持ちです。

 

 

 

 

 使えそうで使えない少し使えるフレームワークをご紹介する第4弾。

 モヤモヤしたことや悩み、問題などを書き出して、自分で相談する時用の枠組みです。

 

0)ノートか紙を準備します。下の図はノートの見開きを使っているイメージですが、A4用紙を横向きに使ったりしてもよいです。左半分はそのまま全体を使う、右半分は下寄りに「T」の字の線を引いて3分割します。

1)まずは左半分が「荷下ろしゾーン」。モヤモヤしている内容を思いつくまま書いていきます。誰に見せるものでもないので、落書きのように、浮かんできたことを書き殴るイメージ。きれいに書くことは目的ではありません。頭の中の「荷下ろし」が目的なのでそれで十分。

2)右半分の上のあたりに「現状のまとめ」を箇条書きにします。「荷下ろしゾーン」に書いたものをジッと見つめて、今のモヤモヤした状況はつまりどういうことか?自分なりに要約してみます。

3)右半分の下側は左右二つに分かれます。まず右側は「予防策」のエリア。今のモヤモヤした状況を避けたり、今後起こさないためにできる「予防策」を考え、書き出します。

4)残る右半分の左下のエリアは、現状のモヤモヤに対する見方を変えて、なるべくポジティブな見方をして気づいたことを書きます。自分自身の強みに気づいたり、相手への理解が深まったり、状況を逆手にとったアイデアが生まれたりするかもしれません。

 2010年頃から個人的にやっているのですが、似たようなワークは他にもありそうです。ご存知の方は教えてください。

 まあ、必ずしもこの枠組みで書かなくてもよいですし、自分もたいてい左半分を書くとスッキリしてそれでOKとなったりします。この書き方の目標は、モヤモヤした現状が少しでもすっきりし、何かしら行動が起こせるようになること、です。そのための提案は「頭の中でグルグル悩まず、荷下ろししよう」と「それを避けるための予防策も大事だけど、良い面もあるかもしれない」の二つです。

 

 

 

 FG本執筆リハビリ第3弾。使えそうで使えない少し使えるフレームワークをご紹介しています。

 2015年にボランティア活動に関するシンポジウムを行った時。後半の質疑応答で、ゲストの西尾雄志さん(日本財団学生ボランティアセンター代表理事・当時/近畿大学総合社会学部教授・現在)からこんなお話がありました。

 「学生のボランティア団体のリーダーにはいろんなタイプがあって、四つに分けられそう。名前を付けるとすれば『事務処理タイプ』『カリスマタイプ』『民主的リーダータイプ』『なぜか愛されるタイプ』」。

 なるほど面白いです!学生に限らずいろんな組織のリーダーにも通じる気がしますね。

 

 さて、何事も「四つある」と聞くと「2×2の2軸で整理できるんじゃね?」と考えるのが「ファシグラ脳」。ファシグラ脳とかそんな言葉ありませんけども。

 西尾さんの四つのリーダータイプを2×2で分けてみると…こんな感じでしょうか?

 うちの団体のリーダーはどのタイプかな?とか、自分にとって難しいリーダーシップはどの部分かな?とか、うちに足りない部分を補ってくれる人はいないかな?とか考えると面白いです。

 話し合いで使うことは…あんまり無いかもですが(笑)、グループの人選を考える時などに手掛かりになりそうです。

 

 

FG本を書くリハビリを兼ねた短期復活連載の2回目。使えなさそうだけど、もしかしたらどこかで役立つ(かもしれない)フレームワークをご紹介。
今回は「戦術・作戦・戦略・思想」です。

 「戦術・作戦・戦略」は、検索するとビジネス系のブログが多数ヒットします。もとは軍事用語ですが、経営や事業計画などの場面で使われますね。人によって微妙に解釈が違いますが、ざっくりこんなイメージで捉えています。

 

 戦術:具体的で、短期間に実行できる手段や方法。
    (数時間から数週間程度)

 作戦:ある程度続く、ひとまとまりの事業やプロジェクト。
    (数週間から数年程度)

 戦略:長期的な視点からの経営方針。団体のビジョン・ミッション・バリュー。
    (数年から数十年程度)

 

 長期的な「戦略」を土台にして、その上に○○プロジェクト、○○事業といった「作戦」が立てられる。それらの作戦はたくさんの「戦術」によって遂行される、というイメージ。団体の経営方針の見直しや事業計画の立案、人材育成のポイントの洗い出し、そんな場面で役立つフレームワークだと思います。

 

 私はこの三つのレイヤーの下には、もっと個人的で、好き勝手に変えることができないレイヤーがある気がしています。

 

 思想:その人が自然に持つことになった姿勢や世界観。
    (数十年以上?一生続くこともある)

 グリーンシティ福岡の事業と、それに関わる私を一例に書き出すとこんな感じ。

 まあ、「個人の思い」ってやつですね。「戦術・作戦・戦略」は組織で共有するものですが、「思想」の部分は人それぞれだと思います。時には思想も含めて「教育」しちゃう企業や団体もあるけど…笑。

 会議や話し合いの板書で使う機会はあまりないフレームワークですが、自分自身でノートや裏紙に書きながら考えることはあります。「そもそもなんでこんなことやってたんだろう?」と初心に返ったり、自分が納得して事業や活動に取り組むために考えを整理したりする場面。

 戦術・作戦・戦略・思想と並べることで、自分の気持ちに対して、実行している「作戦」や使っている「戦術」が食い違ってないか、確認にもなります。

 

 蛇足かもですが「思想」ってぶっちゃけ、その人が囚われた思い込みですよね(笑)。その意味では「呪い」と呼んでもいいかもしれません。組織や社会では、みんなそれぞれの「思想 or 呪い」を抱いたまま、戦略レベルや作戦レベルでは協働しているのが普通だし面白いってことだと思います。

 

 

市民の板書術(38)「カネコネウデユメ」2023.07.

 あまりにFG本を書くのに苦労していて、いろんなあがきをしています。

 その一環としてのリハビリと、グリーンシティ福岡のサイトが復活したお祝いも兼ねて、「短期集中(6回だけ)」「本には載せない(よそでつかえない)」「フレームワーク」のコラムをこっそり復活!2年半ぶりのFGコラムどうぞー。

 

 その1回目は「カネコネウデユメ」。

 「この仕事の依頼、受けようかな?どうしようかな?」と悩んだ時に、その依頼で得られるもの、期待できる成果を四つの項目で挙げて整理する図です。

 カネ:お金。売上額というより、利益率がどうかを考えた方がいいんだろうなと思います。

 コネ:コネクション。その依頼を通じてどんな人と知り合いになれるか?です。

 ウデ:技術力。どんな経験ができ、技術が身につくかどうか?

 ユメ:ミッション。団体のミッションや個人的な夢の実現に近づくものかどうか?

 頻繁に使うフレームワークではないですし、なんとなく「カネ」とか「コネ」とかの響きがちょっと下品。「ユメ」って真顔で言うのも気恥ずかしい、ということもあって、どこにも公表してませんでした(笑)。もう少し精度を上げたり、言葉づかいをよそ行きにしたら「事業評価」の場面でも使えるかもしれません。

 

 ちなみに環境教育業界で伝わる魔法の言葉「ジンジキンコン」。その真似をしてなんか語呂のいい合言葉作れないかなー、と20年ほど前に作ったものです。それにしても「ジン(人)・ジ(時間)・キン(金)・コン(コンセプト)のマネジメント」は大切ですね。

「都市はツリーではない」とクリストファー・アレグザンダーさんが言いました。1965年です。
この場合の「ツリー」は「木」ではなく「階層構造」の意味です。幹から太い枝に分かれて,その先に中くらいの枝が何本か出て,その先がさらに細い枝に分かれていくような関係性のこと。
図で表してみるとこんなイメージ。横から見たら樹形図,上から見たら線が交わらないベン図になります。

201214-01.jpg

身近なツリー(階層構造)と言えば,パソコンのフォルダとファイルの関係です。
「○○プロジェクト」のフォルダの中に,「打合せ」や「写真」などのサブフォルダがぶら下がって,それぞれのサブフォルダの中に複数のファイルやさらに下の階層のサブフォルダが収まっている様子。
階層構造とは,大項目-中項目-小項目のように枝分かれしながら整理・分類されている構造です。すっきりしてわかりやすいです。


冒頭の「都市はツリーではない」とのアレグザンダーさんの言葉は,都市はツリー構造(街は幹線道路で地区に分けられ,その中は道路で街区が区切られ,その中にいくつかの区画がある,など)で計画される。だけど,実際の都市,特に自然に大きくなった都市はそうじゃないだろ?ということです。
いろんな使われ方をする露地やどこまでが範囲か微妙な広場があったり,街区の境界があやふやだったりします。
およそ自然のものはきれいに階層構造に整理されることはなく,あいまいで重複があり,複雑な関係性を持っています。そんな様子をアレグザンダーさんは「ツリー構造」に対して「セミラチス構造」と呼びました。図で表してみるとこんなイメージ。

201214-02.jpg

パッと見でわかりにくいですね。
アレグザンダーさんは,人間の頭の働きそのものが落とし穴。複雑なものを考えやすいかたち(ツリー構造)に置き換えてしまう傾向があるのだ,と言っています。
私たちは身の回りのこと,目に見えるものをありのままで把握,理解することができないので,つい簡単にしてわかったつもりにしちゃいますよね。


会議でいろんな意見を「大項目」「中項目」「小項目」に分けたりするのはわかりやすい方法だし,「ロジカル」に見えます。しかし,私たちをとりまく世界はそんな単純なものではない,というのが悩ましいところ。分担や共同作業のために「ひとまずの共通認識として採用する」くらいの気持ちでいるのが良いと思っています。

ところで,実際のツリー(樹木)にしても,枝分かれしていった先で再び癒着結合すること(連理/れんり)があります。また,土の中で張り巡らされた根っこの先では菌根菌のネットワークが付近の樹木同士を網の目のようにつないでいて,栄養を融通しあっているということもわかってきました。

樹木も単独で生きているのではなくてお互いが絡み合って重複し,複雑な関係を作っています。
つまり「ツリーだってツリーじゃない」ということなんだなあ,と思います。

201214-03.jpg

たくさんの著作があり,テレビ出演もたびたび。そんな著名なY先生の目の前で板書したことがあります。

生物多様性の保全や子どもたちの自然体験がテーマの委員会。環境分野で有名な大学の先生や,長年教育活動を行ってきた方など,10名弱の委員がいらっしゃいました。Y先生はその座長でした。
私は福岡から日帰りで東京へ,模造紙を書くためだけの出張です。
そんな機会をいただき,お声がけくださった方にはとても感謝しています。


委員会は,まず自然体験の価値や意義を整理することから始まることになっていました。
私は板書をはじめる前「山や海,公園などいろんなフィールドの話が出るだろう」「学校教育,放課後の遊び,食を通じた体験など場面がいろいろ出るだろう」など,いろんな切り口の意見が多種多様に出てくるだろうから,とにかく自由になんでも書き留めていくつもりでした。
模造紙を2枚ずつ重ねながら8面。計16枚まで書ける準備をして臨みました。


意見交換が始まった冒頭のY先生の発言は予想外でした。
私の意訳ですが,自然体験は言葉にすることができないから価値がある。実際に体験してみないとわからないから体験してもらう必要がある。それを言葉で整理していくことには矛盾があるのでは?ということだったと思います。
まさにその時,自然体験の価値や意義を言葉で書き留めようとしていた私には,これからやることをひっくり返されたようにも思えました。


そんな時,グラフィッカはどうするかというと,ただその通りに書く。
「矛盾がありますね」「これで伝えられるのかな?」「わかった気になるのも…」と書いていきました。
その後,委員会は素晴らしいファシリテータの進行もあり,それぞれの委員の経験やエピソードを重ねながら,実際の体験につながる取り組みを行っていく方向で話は進んでいきました。


グラフィッカとしての教訓めいたことを一つ挙げるとすれば「ただ,話し合いに付いていく」ということかもしれません。
発言が事前に想定したレールや枠組みをはずれたと感じられても,自分がそう思い込んでるだけかもしれません。勝手なフィルタリングをして発言を取捨選択したり,無理に準備した枠の中に収めようとすると,途端に話し合いは嘘っぽくなります。
ファシリテーショングラフィックは,発言の意味を汲み取りながら,なるべくその人の言葉を生かして書いて,書いたものを本人が見て納得しているか確認する,の繰り返しです。


委員会が終わった後,Y先生と雑談する時間がありました。
「自然体験の価値と一緒で,会議の発言も全部は言葉にできない。だから人前で書くのは難しい。」みたいなことを言いました。そうするとY先生から「だから,ああいう書き方してるんでしょ?」と。


その日の板書も「マンダラ型」で,いつもどおり文章はあっちこっちに散らかり,斜めになったり縦になったり,グニャグニャした線で結んだりしていました。
それを見て「だから,ああいう書き方してるんでしょ?」と言っていただいたのは,見透かされたようで恥ずかしいような,うれしいような。
自然相手と同じで,会議でも発言の真意を理解したり書いたりすることはできない。だから「まとめすぎない」「解釈の余地を残す」ような書き方をしてるんでしょ,と良いように受けとめています。いや,もう数年経つので思い出補正してるだけかもですが(笑)。


ここからもう一つ教訓めいたことを挙げるとすれば「言葉になってない部分に大事なことがある,と思いながら書く」でしょうか。精神論っぽくてわかりにくいですけれど,大切じゃないかなと思います。

後日,Y先生と蕎麦をいただきながらした話はまた改めて。 

 

ちょっと短縮版です。

 

ファシリテーショングラフィックの研修で二宮金次郎の話になることがあります。

昔の小学校の正門前あたりには銅像があったそうですね。今でも残っているところはあるのでしょうか?薪を背負いながら本を読んでいる勤勉な少年の図です。

 

「勤勉になろう!」という趣旨ではなく,「重いものを背負ってると集中できないからおろそう」という話なので,二宮金次郎(尊徳)を尊敬している人に怒られそう…。いや,私も尊敬しているのですが,あの銅像のイメージはわかりやすいので許して…。

 

ファシリテーショングラフィックの鍵となるイメージは「背負ってるものを下ろして眺める」です。

人は自然といろんな思いや悩み,タスクを背負い込んだまま,話し合いをします。重い荷物を持ったまま話し合いに集中するのは至難の業。背中のバックパックに詰め込んだいろんなものを一旦,下ろして机や地面の上に広げて,大事なものや必要なものを選びましょう,という作業がファシリテーショングラフィックです。

 

そういう意味で,脱線は歓迎だし当然。

議題に沿った内容でなくても,発言することでそれを「下ろす」ことになります。書いておくことで「眺める」ことができるようになります。あちこち発言が飛んでしまっても,板書することで気が済んだり,かえって新しい発見があったり,全体像が見えてきたりします。

 

もちろん,話し合いに無限の時間が使えるわけではないので,どのくらい長く時間をとるかは,終了時刻や出席者の体力との兼ね合い。それが難しい部分でもありますが,例えば「今日は7割は自由。まとめるのに3割の時間は残しておこう。」くらいのおおざっぱな予定を立てておけばやりやすいんじゃないかと思います。

 

むしろ,脱線せずに本題のまっ芯だけの(と感じられるような)発言だけでトントンと話し合いが進んだときは,あれ?大丈夫かな?と立ち止まるくらいの気の持ちようがちょうどいいように思います。

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ファシリテーショングラフィックではイラストを入れることよりも,出席者の発言を聴いて書くことが優先です。かわいく&見た目よく仕上げることではなくて,話し合いをよりよくすることが目的なので。

とか言いながら

・文字で書くよりイラストの方が早かったり,わかりやすい場合

・時間の余裕がある場合

には,人のイラストを手早く描いたりします。場が和んだり,印象に残ったりします。
どういったイラストを描くか決まりはありませんが,私の例をご紹介します。
鏡餅みたいな頭だな,と思うので「もち人形」と呼んでいます。簡単です。

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まず頭から書きます。まんまる(左)より,ちょっと横につぶれた方(右)がかわいく見える気がします。丸を描いたら,目をチョンチョンと打って,口をクイっと描いたらそれでOK。

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目をチョンチョンと打つ時,どのくらいの高さに打つかで印象が変わります。哺乳類に共通する傾向ですが,大人の目の位置は高く,子どもは低い。なので目の高さの違いで大人(左・中央)と子ども(右)を描き分けることができます。ちょうど真ん中より,キモチ低めくらいが子どもの位置。かわいい。

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目を打つ場所と口の位置を上下左右にずらすことで,見上げたり,うつむかせたりできます。

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頭ができたらそこから2本,線を下ろすことで肩や体を表現することができます。左上がノーマルな状態だとしたら,少し上から線を下ろすと猫背or肩を落とした雰囲気に。また右上のように,左右でバランスを変えても動きが出て面白いです。下の段のように手を出したり,グッドサインや腕組みなども使えそうですね。

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頭には毛を3本生やしています。これ結構便利で顔の向きをはっきりさせることができます。3本の毛は後頭部に生えてるイメージ。もち人形が向こうを向いてほとんど顔が見えなくても,3本の毛が左に生えていたら体は右を向いている,右に毛が生えていたら体は左を向いている,と見えてきます。

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ということで,もち人形が何人か集まってワイワイやっていたり,歩いていたり,踊っていたりする様子を描くと,文字だけでは表現しにくい場の雰囲気を表すことができます。2,3人のもち人形であれば,慣れれば数秒から10数秒で描けるんじゃないかと思います。

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日本にいる人は結構,漫画を読んでいるので漫画独特の記号的表現(漫符・まんぷ)がほとんどの人に通じます。実際は汗が空中に飛び散ったり,十字に血管が盛り上がったりすることはなさそうですが意味は通じます。さまざまな漫符や目や口のかたちなどを真似すると表現の幅が広がります。ただ,このような表現が国外でどの程度通じるかは試してみないとわかりません。

 


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イベント終了後や団体の節目など,過去をふりかえる話し合いに向いた書き方があります。
いくつかタイプがありますが「KPT」「田の字法」「年表」の3種を並べてご紹介します。


<KPT(ケプト)>

以前,紹介したので簡単に。
数時間〜数日程度のイベントやプロジェクトのふりかえりに向いています。
線で区切った三つの枠に,それぞれ「K(Keep: よかったこと)」「P(Problem: 問題点)」「T(Try: 改善点)」を書き込んでいくやり方です。
ポイントは,現場の声や小さなヒヤリハットなどの記憶が薄れないうちに関係者で集まって出し合うこと。「よかった」もしくは「問題点」のどちらかに片寄らず意見を出す&アツいうちに次回に向けた改善点を出す,という優れた枠組みです。

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<田の字法>

こちらも既に紹介済みなので短めに。
数ヶ月〜数年間のプロジェクトや組織運営をふりかえり,今後の方針を話し合う場面に向いています。
2本線で十字に区切った四つの枠。左が「現在」,右が「未来」。上が「肯定的な意見」,下が「否定的な意見」です。

・まず左上の「現在×肯定的」の枠に,これまででよかったことや達成したこと。

・次に左下の「現在×否定的」の枠に,これまでで悪かったことやできなかったこと。

・続いて右下の「未来×否定的」の枠に,これからこれは避けたい,望まないこと。

・最後に右上の「未来×肯定的」の枠に,こうなりたいという将来像。

を書いていきます。それぞれ付箋に書いて出すのも効率的。
ポイントは順番で,ポジティブな成果を確認し,現状の課題や避けたい未来を共有した上で「ではこうしましょう!」という将来像を話す点。もちろん,話す順番は行ったり来たりしてもよいですが,現状の成果も課題も踏まえた上で「未来」を話すことができる点でとてもよい枠組みです。

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<年表>

さらに長期間,数年間以上のプロジェクトや組織運営をふりかえり,スタッフ間の共通認識を作ったりチームビルディングをするのに向いているのが年表です。
多少時間はかかります。おそらく1〜1時間半程度。メンバーやスタッフの入れ替わりがあったとか,組織や事業の目的があやふやになってきた時がそのタイミングです。
教室にあるような横長のホワイトボードを使ったり,模造紙を何枚か貼って横長のスペースを確保します。上部に年度や月を書いておき,それぞれの時期について「この頃の出来事や考えたことは?」と尋ねて書き加えます。印象的なシーンや名セリフ,出会った人物などが書き込まれても面白い。

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この時に大事なのが(板書全般にも言えることですが)「豊かに書こう!」ということ。
「その頃,○○イベントがあったね。あれはよくやったね!がんばった。」との発言を受けて「○○イベントを開催」とだけ書くのは味気ない。歴史の資料集のような年表を作ってもあまり意味はありません。発言の中に,その時の感情やふりかえっての感想が含まれていれば,ぜひそれを捉えたいところです。書き方の例としては「○○イベント,あれは頑張った!」とか「○○イベント,□□さんオツカレ!」ですが,まあ,それは現場の雰囲気やその人の話し方次第です。
先ほどの「その頃,○○イベントがあったね。あれはよくやったね!がんばった。」という発言に対して,感情や感想が表れている「よくやった」「がんばった」の部分をくり返して声に出しながら,発言者ご本人を向いたり他の参加者を見渡してもよいと思います。よくやった理由やがんばった内容の補足をいただけるかもしれません。

もう一つ大事なのが「なるべく多くの人に発言してもらう」です。
過去の話になるとどうしても代表や年長者,経験者がしゃべりまくり,新人や若手は遠慮してしまいます。それはたいへん面白くない場になるかもしれません。
単純に「みんなから話を聞きたい」と言ったり,一人ずつ順番に発言してもらうのもオーソドックスですがいい方法。新人や若手から話し始めてもらうのもよいと思います。その際は「この団体に興味を持ったのは何がきっかけ?」など答えられる問いにするのがよいと思います。
また,時間はかかりますが,代表や年長者に事前にヒアリングしておいて,主だった出来事はあらかじめ整理して年表に書き込んでおく手もあります。その上で,当時感じたことや,一部の人しか気づいてなかった小さな出来事などを書き加えていくイメージです。

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「歴史は歴史家がつくる」という言葉があります。いわゆる「歴史」は事実の羅列ではなく,ある歴史家が自分の視点で意図を持って構成した物語であるという意味だと解釈しています。
みんなでおしゃべりしながら年表をつくるのは,視点や思い出を持ち寄ってみんなで歴史をつくるような作業ですね。年表を埋めていきながら「ああ,一緒にやってきたんだなあ」とか「いや,言えなかったけど俺もそう感じてたんだよ」とか「知らなかったけど苦労させたねえ」とか…。

そんな話し合いは,組織の目的をあらためて確認したり,過去のモヤモヤを解きほぐすきっかけになったりします。頻繁に行う話し合いではありませんが,組織や事業の節目に行う長いスパンのふりかえりとして効果的です。

先日,ほぼイラストのみのファシグラをやりました。

zoomを使ったオンライン会議で10名弱が出席。その街の川辺でどんな楽しいことができるか?ブレストの雰囲気でアイデア出しをする場でした。「カヤックしたい」とか「河岸でリモートオフィス」とかいろんなアイデアが出てきます。そんなたくさんのアイデアを,文字で書くのでなくリアルタイムで1枚のイラストに入れ込んでいくやり方。ちょっと「ウォーリーを探せ」の絵にも似てました(笑)。

普通のA4コピー用紙を机に置いて,スマホ用の三脚にUSB接続のウェブカメラを養生テープで固定。真上から手元を撮影しているので,三脚の左右から両手が回り込む姿勢で描いていきます。即席の「書画カメラ」ということですね(笑)。出席者の発言を聞きつつ,モニターに見える皆さんの表情をチラ見しつつ手を動かしました。

その街の川辺の地形や街並みをうっすら鉛筆で描いた後,出てくるアイデアを「この辺でいいですか?」「何人くらいいるイメージ?」とか確認しながら鉛筆で軽く描いていきます。「いや,そこじゃなく」「もうちょっと大きく」などの声があれば消しゴムで消して描き直す。「そうそう!そんなイメージ!」「いいねえ」など場所や内容が固まったら,強い線でなぞって色えんぴつで彩色していきました。

こんなグラフィックも楽しいですね。
解像度を落とした作業状況の画像をアップしておきます。

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この経験はいくつか面白いポイントがありました。

◯イラストだけというのもいいなあ!

 ブレスト的なアイデア出し,批判なしで意見を膨らませていく時に向いてそうです。特にまちづくり分野やデザイン分野などは,形や空間に落とし込むことでグッと話が前に進みます。さらに,それを1枚の鳥瞰図(パノラマ図)としてまとめることで,一体感が出たり,個々のアイデアの位置関係やつながりを表現できると思います。

◯いろいろ予備知識を引っ張り出した。

 川辺の土手から川べりの地形,水際にどんな植物が生えているか,カヤックの形や色,サクラとヤナギの枝ぶりの違い,コーヒーショップっぽい店構え,ウッドデッキの構造,鉄道の高架のつくり…などいろんな予備知識を引っ張り出しながら描くことになりました。

◯オンラインでは手元ファシグラもありだなあ!

 書画カメラかなければ三脚とウェブカメラ等の多少の機材は必要ですが,後は普通の紙とペンさえあれば十分。模造紙やホワイトボードの代わりとして,これはこれでありかもしれません。何より机の上で書けるのが楽です。おそらく学校などの教育分野では書画カメラがよく使われてるんじゃないかと思いますが,オンライン会議では再度流行ったりするでしょうか?

◯ファシ(リテートする)グラ(フィック)だった

 この日,イラストを描いていく時にもっとも意識したのは,うっかり,不用意に,どんどん描いていくことでした。そのため,鉛筆を使い,アイデアが出たら極力すぐに描きはじめ,違ったら消して描き直す。紙は部分的にクシャクシャになりましたが,そうすることで出席者のアイデアを取りこぼさず,発想を刺激し,発言意欲を高めることができたんじゃないかと考えています。逆に失敗しないように描こうとすると,描き手による発言の取捨選択が強まりますし,それは出席者に伝わって発言内容を抑えつけるような影響を与えると自戒しています。

◯オンラインでは「有効サイズ」が小さい

 一番の反省はウェブカメラの解像度が低く,出席者にはボヤけて見えていたことです。終わった後に気づきましたが,これスマホで別にサインインした方が断然,画面の解像度が高かったはず。次回からそうしようと思います。ただ学んだのは,オンライン会議のファシグラは,ウェブカメラの解像度やモニターの大きさがネックになって「有効サイズが小さい」,つまりあまり書き込めないことが多そうだということ。カメラの解像度や写り具合を見ながら,どのくらいの文字の大きさや線の太さで書くべきか,調整するとよいと思います。

この1ヶ月間で,zoomなどを使ったオンライン会議が急速に普及してきました。
そんなモニター越しの会議でのファシリテーショングラフィックはどんなものになるでしょうか?

リアルの模造紙やホワイトボードをそのままカメラで写すのもアリです。マウスで描く画面上のホワイトボード機能とかもあったりします。
しかし,それらがダメなわけではありませんが,ちょっとしっくりこない気もします。
おそらくオンライン会議でのファシリテーショングラフィックは,今のところGoogleドキュメントがもっとも効果的です。

「ファシグラっぽくなーい!」と思う人もいそう(笑)。
マンダラ型やマインドマップのように四方八方に展開して書いたり,複数のマーカーの色で仕分けしたり,時にはイラストを入れたりというのがいわゆるファシグラのイメージです。
けれど,それらは対面型の話し合いで進化してきたスタイル。模造紙ないしホワイトボードの大きさやお互いの距離感だったり,一人がマーカーを握って手書きすることだったり,出席者全員が見えることが必要だったりといった制約下での技術です。

ファシグラで大切なのは「見た目」や「らしさ」よりも,出席者の発言をよく聴いて受けとめ,話し合いを進めること。オンライン会議では,オンライン会議の環境にふさわしい技術があると思います。私もまだまだ練習中ですが,現時点で考えている「オンライン会議でGoogleドキュメントを使ったファシリテーショングラフィック」をする時のポイントを挙げてみます。


(準備)オンライン会議アプリとGoogleドキュメントを開き共有する

zoomなどの出席者を表示したウインドウの横にGoogleドキュメントを開いて出席者全員に共有しておきます。私はモニターの左2/3をzoom,右1/3をGoogleドキュメントにしますが,この辺はそれぞれの好みかと。とにかく,出席者の声と表情に加えて,文字で話し合いの内容が確認できる環境を作っておきます。


1. 速さを活かしてどんどん書く

手書きではどうしても発言全部は書ききれません。一部を選んで抜き出すことになりますが,ここが板書でもっとも悩むポイントではないでしょうか。
当たり前のようですが,キーボードは手書きの数倍のスピードで文字を入力できます。これを活かさない手はありません。感嘆詞やくり返しの言葉なども含めて,発言者の言葉使いや感情,ニュアンスなどを書きとめることができます。タイプが速い人は発言全部を書くこともできるかもしれません。
オンライン会議は対面型の話し合いに比べて他の出席者の反応や手応えを感じにくいです。そんな中,発言が取捨選択や評価されたりせず,カジュアルに書き留められていく様子は「意見が届いている」という実感や手応えを生むと考えています。対面型の話し合いではグラフィッカが発言者の方を向いてうなずいたり,相槌を打ったりするのですが,オンライン会議のグラフィックではどんどん書いて「聞いていること」を示す,みたいなことかと思っています。


2)消したりコピペしながら整理する

とは言え,たくさん書くだけではまるでテキスト起こし原稿。文章が羅列されるだけのわかりにくい文書になります。いちいちスクロールして内容を追うのも大変。
発言者が本当に言いたかったことや何度も繰り返されること,合意した内容などを残しつつ,その他の部分を消していくことで,話し合いの流れや構図が見やすくなります。
また,この発言とあの発言似てるな,と思ったらコピペして並べたり,消してどちらか残したり。
ファシグラは,パッとひと目で全体像がわかる「一覧性」が大事です(その点,リアルの模造紙やホワイトボードは面積が広くていいなあ!)。議論の全体像が見渡せるような文書にできるとよいと思います。


3)立ち居振る舞いの代わりに「つぶやく」

オンライン会議では視線や表情,立ち居振る舞いが伝わりにくいです。
「おー」「うんうん」というつぶやきが「あなたの発言を聴いています」というメッセージになったり,「あ,ちょっとここ…」というつぶやきが「文章を修正します」の宣言になったり,「…て,こと?」というつぶやきが「こんな書き方で合ってる?」の確認になったりします。
その組織の文化や人間関係によって全く違う言葉になるかもしれませんが,オンライン会議では意識してつぶやくことで,意思疎通がスムーズになると感じます。


4)みんなで書ける

この点はちょっと面白いなと思っています。アナログでは出席者一人ひとりが付箋を書いて意見を集めるといったことをやりますが,Googleドキュメントでは編集権限を持った全員で一斉に書き込むことができます。ブレインストーミング的なアイデア出し,今後のタスクの洗い出し,ふりかえりKPTの表に記入するなど,いろんな場面が考えられます。ぜひやってみてください。


他にもいくつかあるのですが,ひとまずこのあたりで。
まだ練習中ですが,環境や道具が変わると新鮮で面白い。一方で,ファシリテーショングラフィックの本質ってなんだ?を考えるよい機会でもあります。