安全管理のコラム第61回「ボノボ行動観察中の事故の裁判で」2021年5月

6年前、アフリカで霊長類ボノボの行動観察中の大学院生に落枝が直撃した事故。裁判が行われていましたが、地裁の判決が報道されていました(2021.05.20.京都新聞ほか)。受傷した方は海外での事故であったことや、その後に重い障害が残ったことでつらい状況だと思います。お見舞い申し上げます。

落枝については、森林ボランティア関係でも事故が起きているので他人事ではありません。また地裁の判決理由にも思うところがあったので、以下まとめてみました。

 

2015年7月 アフリカのコンゴで京都大学大学院生がボノボの行動観察中、長さ90cm、重さ10.8kgの枝が落下。大学院生の頭部に直撃した。樹上のボノボたちがけんかをはじめたことが落枝の要因になったとのこと。

2018年9月 受傷した元大学院生らが京都大学と担当教授に対して2億7,400万円の損害賠償を求めて提訴。京都大学は請求棄却を求めた。

2021年5月 京都地裁が元大学院生らの請求を棄却。

 


一般に大学や指導教官が、研究中の学生の事故にどの程度責任を持つべきなのか?分野や状況によって異なるので単純な線引きはできないと思います。

ただ、今回の報道で京都地裁の判決理由が「木々が生い茂るジャングルでは落木の発生地点や落下軌道を正確に把握するのは困難な上、本件は落木が別の木に当たって落下方向が変わっており、『事故を予見、回避できる可能性はなかった』」とされている点には少し違和感があります。(カギ括弧内が報道記事。二重カギ括弧内が判決文の引用。)

 

正確に発生地点や落下軌道を把握する必要はありませんよね。落枝・落木はスレスレでかわしていくものではないので。

そのような落枝・落木が起こり得る場所かどうか判断して備えること。具体的には、安全な場所を選んで活動したり、ヘルメットなどの保護具を付けたりすること。落枝はそういった対応をとる類のリスクです。

 

ところで、これまで本コラムで取り上げた落枝による事故には以下があります。

 

2012年11月 岐阜県大垣市 スギの落枝による事故で小1女児死亡。
その後の岐阜大学の調査により、現地のスギ林は「こぶ病」に罹患して枝が落ちやすくなっていたこと。また、事故当日は強い風(最大瞬間風速10m/s)が吹いていたことなどが報告されています。

2014年4月 神奈川県川崎市 ケヤキの落枝で幼稚園児が重症。
商業施設内の広場で1978年に植えられたケヤキから落枝。定期的な剪定はしていなかったとの報道がありました。(2021.05.24.ストリートビューでその商業施設を確認したら、ケヤキは根元から伐採されているようです)


これらの事例にある

 ・こぶ病など枝が落ちやすい病気に罹患していること。

 ・強い風が吹いていること。

 ・根を伸ばしにくい環境で数十年間育っていること。

などは落枝が発生しやすくなる要因です。

加えて他にも、

 ・高木が混み合って育ち、下枝が枯れあがっていること。

 ・ナラ枯れやマツ枯れなどの病気に罹患していること。

 ・まだ幹に付いている枯れ枝が、雨後に水を吸って重くなっていること。

 ・枝を落としやすい樹種(クスノキなど)が多いこと。

などでも同様に落枝が増えます。

このような状況が見られるのであれば落枝の可能性が高まると考え、注意喚起するとか、適切な剪定管理を行うとか、立ち入り禁止するとか、どうしても入る場合は保護具をつけて行動するとかの対応が必要となります。



冒頭の事故が起きたジャングル、森自体がどの程度リスクのある状況だったのかはわかりません。

報道内容からの推測でしかありませんが、体重がオス42-46kg、メス25-48kgとなるボノボが樹上でけんかをはじめたというのは、かなり落枝の可能性が高まるように思います。少し距離を取って観察するか、直ちに保護具を着用するといった対応が必要だったのかもしれません(その対応をとる責任が誰にあったかは別問題として)。


上に書いた通り、報道にある京都地裁の「落木の発生地点や落下軌道を正確に把握するのは困難」であり「落木が別の木に当たって落下方向が変わっ(た)」ことから「事故を予見、回避できる可能性はなかった」とする判決理由には違和感があります。どんな落枝も発生地点や落下軌道、さらには発生時刻を正確に把握することは現実的に不可能だからです。

この書き方では「落枝事故は予見、回避できる可能性がない」とも解釈できます。それはマズい。判決文というより報道記事の切り取り方の問題なのかもしれません。


いずれにしても、落枝は「あの枝がここに落ちてきそうだから対応する」ではなく「枝が落ちてきそうな場所・状況だから対応する」といった姿勢で臨みたい。

そして、森や生きものに接する人が事故に遭うことを少しでも減らせたらと思います。