特定非営利活動法人グリーンシティ福岡 浅田 真知子・志賀 壮史
1.はじめに
ハノイ市はベトナムの首都であり、政治・文化の中心地として知られる。発展著しい新興国の首都として経済が急成長を遂げている一方、高度経済成長期の日本と同様に、大気や河川の汚染やごみ処理問題など、環境問題が深刻化し始めている。
福岡県とベトナム・ハノイ市は、平成22年10月に「福岡県とハノイ市との環境管理及び保護分野における協力に関する覚書」を締結し、その中で環境教育啓発事業を優先事業のひとつに位置づけた。環境啓発事業は平成22年度から平成24年度で計画され、1年目は研修員を通じて多くの児童や住民への環境啓発を図るため、現地において官民を超えた環境教育従事者を対象に、福岡県の事例紹介を中心とした環境セミナーが開催された。
2年目となる平成23年度に、福岡県の委託を受け特定非営利活動法人グリーンシティ福岡が企画・運営したのが「ハノイ市環境教育リーダー育成研修事業」である。当研修は環境教育の中核を担うリーダー的人材を育成することを目的とし、福岡県に8人の研修員を招聘して実施したものである。
2.研修プログラムの計画
(1)計画の前提
表1 環境問題解決のアプローチ
規制(制度) |
技術開発 |
意識改革(環境教育) |
一般に、環境問題の解決のためには右図中の三つのアプローチがあると整理されている。制度や技術開発による環境負荷の低減も重要であるが、当研修においては、その制度や技術開発を下支えする市民意識の醸成、すなわち「環境教育」を目標に据えた。日頃から3R活動や省エネを意識するだけでなく、環境問題の解決のための制度や技術開発の必要性を認識し、支持する市民を増やしていくことが重要とのスタンスである。
表2 環境教育の段階的目的
① 認 識 (Awareness) |
② 知 識 (Knowledge) |
③ 態 度 (Attitude) |
④ 技 能 (Skills) |
⑤ 評価能力(Evaluation ability) |
⑥ 参 加 (Participation) |
また、1975年に採択されたベオグラード憲章では、環境教育の段階的目標を表2のように整理している。これを受け、環境教育の指導者は、環境教育プログラムや環境保全活動の企画・運営、多様なセクターとのコミュニケーション、意見の集約等のスキルを身につける必要があると考えた。
(2)研修方針
先述の環境教育の考え方や、環境教育の指導者養成の手法は、欧米諸国の思想やノウハウを基に日本の歴史や文化的背景、国民性を反映し発展してきたものである。自国での活用に置き換える必要があることを伝えたうえで、国内向けの研修と同様の方針・手法で実施することとし、下記4点の方針でカリキュラムを計画した。
①現場に持ち帰って具体的に使うことができる「手法」や「技術」を学ぶことができる内容とする
一般的な講義中心の研修では、伝えるべきコンテンツ(内容)を身に付けられても、それをどうやって多くの市民に伝えていくか、そのための手法は身に付けられないことが多い。本研修では、事例視察などに加えて、インタープリテーション1)やファシリテーション2)といった活動現場で必要となる技術に比較的時間を割くものとする。
②研修員が主体的にかつ相互に学ぶ機会を生み出す
各講義後のダイアログでテーマを決めた研修員同士の対話を実施することや、実習・グループワークを盛り込むことなどにより、参加・体験型の研修運営を行い、研修員の主体的な学習を促す。
③行政・企業・市民など多様なセクターの役割を学ぶ
提供する事例には、行政・企業・市民それぞれの活動を取りあげ、セクターごとの活動の特徴や違いについて学ぶこととする。ハノイ市での活動の際に、多様なセクター間の理解と協働が進むよう支援する。
④対象規模によって異なる環境教育の手法にふれる
数十人向けの「体験プログラム」から数百人向けの「イベント」、数千人以上を対象とする「施設」や「メディア」など、対象規模によって環境教育の手法は様々である点を学ぶ。
(3)研修カリキュラム概要
以上をもとに、表3の内容で研修を構成した。研修は7日間とし、入国・出国日と休息日を合わせて平成24年2月20日〜2月29日の全10日間の日程とした。
カリキュラムに講義・実習・ダイアログ(対話)をバランスよく組むことで、自国での活用を考える機会を設けた。また、ハノイ市では経済成長に伴う河川や湖沼の汚染が最も深刻であるため、日本における公害克服の歴史や、河川の環境保全活動など、より身近に感じられる話題を提供することを目的に講師や協力団体、視察先を選定した。
表3 ハノイ市環境教育リーダー育成研修カリキュラム概要
1日目 | ・オリエンテーション ・アイスブレイク実習 ・ダイアログ「あなたにとって環境教育とは」 ・講義「持続可能な社会のための環境教育」 (坂井宏光氏/福岡工業大学社会環境学部社会環境学科教授) ・ダイアログ「どんな環境教育を行いたいか」 |
2日目 | ・視察&講義「北九州市環境ミュージアム」 (諸藤見代子氏/環境ミュージアム館長) ・講義「企業による河川環境保護活動」 (西森誠氏/タカミヤ・マリバー環境保護財団) ・視察「北九州市水環境館」 |
3日目 | ・講義&体験「インタープリテーション論と環境教育プログラム体験」 ・実習「環境教育プログラムをやってみよう」 |
4日目 | ・講義「福岡県における環境NPOの活動事例紹介」 ・講義「日本における活動団体とそのしくみ」 ・実習「会議ファシリテーション実習」 ・ダイアログ「会議の中で困った場面」 |
5日目 | ・視察「柳川の町並み視察」 ・視察&意見交換「柳川水の会の活動」 |
6日目 | ・ワークショップ「アクションプラン作成への動機付け ・ワークショップ「ハノイ市における環境教育の現状分析」 ・ワークショップ「アクションプラン作成」 ・中間発表 |
7日目 | ・ワークショップ「アクションプラン作成」 ・アクションプラン発表 ・7日間の振り返り |
3.成果
(1)4つの研修方針に沿った成果
①現場に持ち帰って具体的に使うことができる「手法」や「技術」を学ぶことができる内容とする
各実習はもちろん、研修手法として用いた板書や小グループで行うディスカッション等においても、その進め方・効果を伝えることができた。特に環境教育プログラム実習では、自国での実施を想定したアレンジも行われ、各々で活用のイメージを持つことができたと考える。
②研修員が主体的にかつ相互に学ぶ機会を生み出す
写真1 ダイアログの様子(4日目)
当研修では「講師から学ぶ」「お互いに学ぶ」「自分から学ぶ」の学びの方向を重視し、講義ごとの意見交換や、実習・フィードバックを重ねた。研修員の学習意欲は高く、意見交換も活発で、「立場や国によって様々な意見を聞くことができて楽しかった。」「聞くとやるでは全然違って難しかったが、やってよかった。」等の意見を得た。参加型の研修運営が効果的であったと考える。
③行政・企業・市民など多様なセクターの役割を学ぶ
「行政」「企業」「市民団体」の立場からの事例を取り上げ、多数の講師や施設からの協力が得られたことで、多様なセクターの役割が求められていることを伝えられた。特に、行政がくり返し開催した説明や協議の場が、環境保全の市民活動の立ち上げにつながった事例は研修員に刺激を与え、アクションプランに多数反映された。加えて、意見交換をくり返したことで、様々な立場の意見に耳を傾ける機会が生まれ、各機関の役割を活かした連携もアクションプランに反映された。
④対象規模によって異なる環境教育の手法にふれる
グループワークやダイアログ、環境教育施設の視察、環境教育プログラムの実践、環境保全活動を行う団体の紹介等を通じて、様々な規模・手法の環境教育を体験してもらうことができた。一方で、研修員にテレビ局関係者がいたこともあり、マスメディアを使った環境教育への関心もあったが、既存のDVDソフトの紹介を数点行ったにとどまった。
(2)研修中の話題に着目した成果
「自然を愛する心が環境意識を育む」という気づき
初日に研修員から出た意見がきっかけとなり、「対象となる環境を愛さなければ行動につながらない」や、「行動の動機となる愛(Love)」等をテーマにした活発な意見交換がくり返し行われた。環境教育の指導者養成にふさわしい本質的な意見交換ができたと考える。
日本における環境教育の段階的目標(ベオグラード憲章を元にした整理)では「自然を愛する心の醸成」は明文化されていない。しかし、ダイアログや講義内容等から「自然を愛する心」が日本の文化や習慣の基礎になっていること、さらに、講義で紹介された「自然を愛する心」「公害の歴史」「教育における5S活動3)」が、日本における環境教育の思想的・歴史的基盤となっていることが、実施者側も含め全体で確認できた点で有意義であったと考える。
4.考察
当研修において、参加・体験型のカリキュラムとしたことや、研修員同士の対話の機会をくり返し設けたことが、自ら考え行動できる環境教育指導者の養成に大きな効果をもたらしたと言える。また当研修を受け、平成24年度には当研修員等によりハノイ市が実施する環境教育事業を対象に、プログラム・運営技術の支援を行った。今後は、現地における自立的な指導者養成を目指した連携・協力が効果的であると考える。
※本報告は、福岡県環境部による「ハノイ市環境教育リーダー育成研修事業業務委託」をまとめたものである。
注釈
1) 単に相手に情報を記憶させるのではなく、自然や地域の文化・生活体験などを通して、人に気づきや学びを与えること。
2) 会議やワークショップなどにおいて参加しやすい雰囲気を作り、発言を促し、意見の交通整理等を行うことで、議論や学習等をスムーズに運営する働きかけや技術の総称。
3) 製造・サービス業等の職場環境の維持改善で本来用いられるスローガンであり、整理・整頓・清掃・清潔・しつけの頭文字をとったもの。当研修の坂井教授の講義で、この行動は日本の義務教育・家庭教育で習慣的に行われていることが紹介された。