1990年頃から欧米の医療や安全管理の分野では「事故」を意味する単語として"accident"ではなく"injury"が使われるようになっているそうです。もともと"accident"は「思わぬ出来事」「神様のいたずら」「不可避の運命」といったニュアンスとのこと。「事故を思わぬ出来事のように捉えるのでなく,予測・予防するものとして捉えよう」という考えが背景にあります。

 一つの例が下記の参考文献の中でも引用されていました。医学の専門誌である「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(イギリス医師会雑誌:British Medical Journal)」の2001年の論説記事です。その記事のタイトルは「BMJ bans “accidents” / Accidents are not unpredictable」で「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルは"accident"(の語を使うこと)をban(禁止)する」と言っています。事故は予測不可能ではない,という強いメッセージですね。野外での体験活動や保全作業に関わる私たちも心にとめておきたい認識だと思います。

 一方,日本語で"accident"に近い言葉といえば「不慮の事故」。「思いがけない,予測不可能な事故」といった意味合いで一般的に使われています。
 ちなみに政府統計の人口動態調査では死因のカテゴリーとして「不慮の事故」があります。平成29年に「不慮の事故」で亡くなった方の数は40,329人でした。具体的にどんな事故が含まれているかと言うと「交通事故」「転倒・転落・墜落」「不慮の溺死及び溺水」「不慮の窒息」「自然の力への曝露」などです。溺死は浴槽での事故が多く,窒息は誤嚥など,自然の力への暴露は低体温症の割合が高いです。また,保険業界の「不慮の事故」とは「急激かつ外来かつ偶然の事故」と定義されていますので,業界によって多少意味は異なります。

 「不慮の事故」という表現が一般的に使われる場合,事故の被害者やその周辺の方々を慮っている面もあるかと想像しています。事故の原因や経緯を探っていくことは,誰かの(もしかしたら被害者自身の)責任や落ち度を追及したり,ともすれば被害者やご遺族を傷つける場合もあります。「思いがけない出来事だった」と包み込むような気持ちが現れた言葉なのかもしれません。
 とは言え,今後,同じような事故を起こさないためには「思いがけない出来事だった」で終わってはマズイ。警察の方は交通事故が「不慮の事故」だとは思ってないでしょうし,介護事業者の方は浴槽での事故や誤嚥を「不慮の事故」と考えていないと思います。冒頭の欧米の例のように,冷静に事故の原因を探り,予測・予防に努めていく姿勢が必要です。

 ちょっととりとめのない散文になりましたが,あえて「不慮の事故」という表現を選ぶ気持ちと,冷静に原因を探っていく姿勢。どちらもあってほしいと感じています。

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参考文献:
「「事故」という言葉を変える―accidentからinjuryへ」Medical Note. https://medicalnote.jp/contents/160318-014-XQ
(2019.02.06.閲覧)
「BMJ bans “accidents” 」PMCアーカイブ.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1120417/(2019.02.06.閲覧)

「事故死の予防とCDR」小児保健研究.https://www.jschild.med-all.net/Contents/private/cx3child/2017/007606/023/0574-0577.pdf(2019.02.12.閲覧)