SNSが普及し、ネットでいろいろな情報が広まるようになりました。
ネットで広まりやすい情報の代表的なものが、「(一般に信じられている)〇〇は実は誤り」という情報。
なにせ、疑ったこともないような常識的なことを「実は誤り」だともっともらしく指摘されると、人は誰でも不安になりますし、ついついシェアやリツイートをしたくなりがちです。

 

しかし、そんなふうに出回った「実は誤り」という情報が誤りだったとしたら、訂正するのはなかなか厄介です。

まず、「『〇〇は誤り』というのは誤り」だというのは、それだけでもややこしいですし、わかりにくいですよね。そこに根拠を示そうとすると、さらに難解になります。
さらに、結局は常識的な結論なので、わざわざシェアやリツイートするほど、心を揺さぶられる人もいません。

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そんな誤情報の例が、かたつむりに関してもいくつかあります。

毎年梅雨時になるとネット上で散見されるのが、「かたつむりはアジサイが好きというのは嘘」という情報です。


たとえば、Googleなどで「アジサイ カタツムリ 毒」と検索してみましょう。「カタツムリがアジサイを好きというのは単なるイメージ。アジサイには毒があるので自然界でカタツムリが乗ることはない」なんていう情報がすぐに見つかります。


情報がもっともらしく聞こえる理由の1つが、アジサイには毒があるという事実。
確かに、アジサイは人間にとって有毒なので、初めて聞く人の心を揺さぶるには十分です。
飲食店で装飾用にアジサイの葉が出され、誤って食べてしまった客が嘔吐、めまい、吐き気などの症状を呈したという事例もあります。

 

しかし、脊椎動物のヒトにとって毒があるのは確かですが、軟体動物であるかたつむりにとってアジサイが有毒かどうかはわかりません。
そもそもかたつむりがアジサイのそばにいたとしても、食べるためにいるのかどうかは定かではありません。

 

私は実際、アジサイの植えられた場所にかたつむりがよく来ていることを知っていますが、そんな「実感」というのは、誤情報を訂正する根拠としては弱いものです。
なんだか、もやもやしますね。

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桜井・森(2016)は、そんなもやもやが嫌だったというわけではないかもしれませんが、かたつむりのアジサイへの選択的な利用が見られるかどうかの検証を行っています。

週2回、合計105回の野外観察を実施し、さらに57回の室内実験を行いました。情報を検証するというのは、大変ですね…。その結果、ミスジマイマイというカタツムリは一貫してアジサイを好み、アジサイのないところではサクラを好んでいたとのこと。一方、ウスカワマイマイというカタツムリは、特にアジサイを好むわけではなかったそうです。

 

ミスジマイマイは関東では代表的なカタツムリ。同じマイマイ属では、福岡ではツクシマイマイが知られています。

そんなミスジマイマイについては、確かにアジサイのあるところを好むというのです。ただし、すべてのかたつむりに当てはまるわけではないようです。

 

また、室内実験により、ミスジマイマイもアジサイの葉を好むわけではないことを明らかにしています。
つまり、ミスジマイマイは、アジサイの葉というより、アジサイのある場所が好きだったということ。

筆者らは、アジサイが有毒であるがゆえに植物食の動物と競合しないことや、捕食者に見つかりにくいことなどを、ミスジマイマイがアジサイのある場所を好む理由として考えているようです。

 

そもそもかたつむりは樹木の表面に生えた藻類をよく食べます。

木本であるアジサイの表面にもそうした藻類は生えているでしょうから、もしかすると目当ての1つなのかもしれません。

今後アジサイのところにかたつむりがいたら、何を食べているのかよーく観察する必要がありそうです。

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さて、桜井・森(2016)の検証によって「ミスジマイマイはアジサイのある場所が好き」ということがわかりました。
そこは常識的な結論に落ち着いたわけですが、一方で何が目的なのかなど、謎は増すばかりです。

 

たとえば、ツクシマイマイについてはどうなのでしょう。

実感としては、福岡でアジサイのあるところにいるのはたいていツクシマイマイです。
また、つい先日、ユズリハという有毒の木にたくさんのツクシマイマイがいる様子も観察しました。
たまたまなのでしょうか? それとも、あえてユズリハを選んでいるのでしょうか?

 

興味を深めるのは楽しいことなので、これからも注意深く、観察していきたいです。

【参考】桜井雄太・森隆久,2016 梅雨の風物詩「カタツムリがアジサイに付いている」は本当か? 陸産貝類による植物選択頻度と植物被度との比較. 帝京科学大学紀要, 12, 11-15.