特定非営利活動法人グリーンシティ福岡 浅田 真知子・志賀 壮史
1.地域住民による「観光ガイド」の活躍
地域を訪れる観光客に対し、地域住民が案内・ガイドを行う「観光ガイド」は、1995年頃から増え始めた1)。その多くがボランティアであり、地域の観光協会や自治体が窓口となっているところがほとんどである。福岡県NPO・ボランティアセンターに登録されている観光ボランティアガイドの団体数は26、九州観光推進機構がWEB上で公開している九州7県の総団体数は160を超えている。ガイドとなる地域住民の自己実現への想いや、現地でしか得られない情報や体験を得たいという旅行者の要望、観光地としての魅力を高めたい自治体や観光産業のニーズに応える存在として、その役割を果たしている1)。
プロではなく地域住民がガイドを行うことの効果は、そこに暮らす・携わる人の実感を伴って地域の良さを伝えられることにあると考える。このようなガイドに必要なことは、自然環境教育分野で行われてきた「インタープリテーション研修」とも共通する部分が多く、観光・地域におけるガイド養成講座等へ適用することで、よりニーズにマッチしたガイドを行える人材を育成できるのではないかと考えた。
2.インタープリテーション研修の実践例より
(1)インタープリテーションとは
インタープリテーションの父と言われるFreeman Tilden(1883〜1980)は、インタープリテーションを「単に事実や情報を伝えるというよりは、直接体験や教材を活用して、事物や事象の背後にある意味や相互の関係を解き明かすことを目的とする教育的活動である」と定義した。また、中心概念を「あらゆる事実の背後に存在する大きな真実を解き明かすもの」「誰もが持つちょっとした好奇心を最大限に利用してビジターの知的好奇心・精神的向上を促すようなもの」としている2)。
また、小林は「伝えたいことの多くは意味や価値・メッセージなど抽象的・概念的なことである。それらを伝える作業、つまり、情報・事例の提供や体験などを通してどのように聞き手(受け手)に共感してもらうか、ということがインタープリテーションである。」としている3)。
(2)グリーンシティ福岡の実践例
グリーンシティ福岡では、これらの概念をベースに、そこで必要とされるインタープリテーションの目的(ねらい)や、実施者・フィールドに適した実践を想定して自然環境教育分野のインタープリテーション研修を計画・実施している。以下に、これまでグリーンシティ福岡が行った主なインタープリテーション研修から2例取り上げ、概要を整理した。
①国営海の中道海浜公園「環境共生の森 サポート・ボランティア研修」
国営海の中道海浜公園の「環境共生の森」エリアにおいて環境学習プログラムを提供する「サポート・ボランティア」の研修および運営支援を、平成20年度から継続して行っている。
期 間:平成20年度〜(継続) 回 数:74回 (平成25年9月30日現在) 現在の活動者数:15人程度 主な客層:幼児〜小学生の子どもを含む家族連れ |
季節やフィールドに適した生きもの観察や自然遊びのプログラムをマニュアル化しており、実施者がそれに沿って実践できることを目的に研修を実施している。また、当該エリアは北部九州における環境学習の拠点として整備され、提供するプログラムは子どもが自然と親しむ機会であると同時に、学びの場としても位置づけている。来園者にとって楽しむ体験だけの場となってしまわないよう、各プログラムのねらいや、施設設置のねらいをもとに、実施したプログラムや活動を半年おきに振り返り、評価する機会を設けている。
②篠栗町森林セラピー事業「森の案内人養成講座」
福岡県糟屋郡篠栗町にて森林セラピーガイドを行う森の案内人の養成講座を、平成21〜22年度を中心に行った。
期 間:平成21〜22年度 ※H23年度は別途フォローアップを実施 回 数:21回 ※H23年度フォローアップ3回 現在の活動者数:30人程度 主な客層:30〜70代の個人またはグループ |
森林セラピーのプログラムでは、参加者がリラックスできる場を用意することや、五感を使って森林を楽しむよう誘うことが求められており、自然に関する知識の提供が主目的とはされていない。研修では、森で五感を使ったり静かに過ごす体験の実践や、ディスカッションを繰り返すことで、篠栗の森ならではのプログラムを提供できるようになることを目的とした。また、町の多様な資源を活かして、将来的には案内人自身がプログラムを企画できるようになることもねらった。現在は、案内人が自主的に活動するためのグループ「森の風・篠栗」が設立され、町の資源であるお遍路や霊場とタイアップしたり、登山・ノルディックウォーキングなど各案内人の得意分野を活かした企画を実践し、多くの参加者やリピーターを獲得している。
3.インタープリテーションに必要な要素
アメリカの国立公園局(National Park Service, NPS)は、インタープリテーションを効果的に行うためのポイントを以下のように整理している4)。
( KR + KP ) × AT = IO KR (Knowledge of Resource):資源の知識 KP (Knowledge of participant):参加者理解 AT (Appropriate Technique):適切な手法 IO (Interpretation Opportunity):インタープリテーションの機会 |
これを元に、小林は日本型環境教育のインタープリテーションの効果を表す新しい式を提案している4)。
参加者理解 + ねらいの明確化 | × | 資源の理解 + 適切な伝え方 | = | インタープリテーション | |||
参加者理解:参加者の属性、ニーズの把握はもちろん、参加者が物事をどう理解し行動するか等の理解も含まれる。 ねらいの明確化:テーマ、目的、目標の設定、またそれらが現実的であるか。 資源の理解:素材自体や、それが持つ環境教育的意味や価値(それを使って何が伝えられるか)の理解。 適切な伝え方:プログラム内容やコミュニケーション方法、参加者が本当の意味で物事を理解し価値観や行動の変革につながる伝え方。 |
参加者との関係を作る + 資源の理解 | × | ねらいの明確化 + 適切な伝え方 | × | リスクマネジメント | = | インタープリテーション |
「参加者との関係を作る」では、「参加者理解」のみにとどまらず、場を読み、参加者の気持ちや体調を受け止めることなどを含めて「ホスピタリティ」と表現して、重視している。また「リスクマネジメント」では、事故を起こさないために行う危険予知活動や参加者への情報周知、事故が起きてしまった時に必要な救急箱の用意や救急法のトレーニング、緊急時の体制づくりなどの必要性を伝えている。
4.地域のガイド研修への応用
―福津暮らしの旅「伝わるガイド研修」―
上記で整理したインタープリテーションに必要な要素を、そのまま観光・地域ガイドに当てはめ、これをもとに福岡県福津市で行われている「福津暮らしの旅」の実施者ヘ向け、下記の通り「伝わるガイド研修」を行った。
実施日:平成25年8月7日 対象者数:12人 主な客層:30〜50代の個人またはグループ |
「福津暮らしの旅」は、「福津に残る自然を守り、ともに歩んできた人々の暮らしの豊かさを感じてもらう」ことをねらいに実施されている。当研修は、提供する各体験を「福津暮らしの旅」として位置づけ、参加者へ伝えることが大切だという共通認識を実施者全員に持ってもらいたい、という事務局の要望を受け実施することとなった。
研修で実施した内容は、大きく以下の5項目である。
①オリエンテーション実習
②「何を伝えるのか」についての講義
③各プログラム計画の作成実習
④リスクアセスメント実習
⑤「ガイドの心得(ホスピタリティ)」についての話題提供
まず、人前で話をすることへの心構えを持つために①を行い、ここまで触れてきた「ねらいの明確化」と「適切な伝え方」のために②と③を続けて行った。その後、「リスクマネジメント」の一部である④を行い、「参加者との関係を作る」ための⑤を経て全員で意見交換を行った。なお、「資源の理解」については、事務局体制やこれまでの研修実績から今回の研修で行う必要はないと判断した。
参加者および事務局からは、「②何を伝えるのか」についての講義を経て「③各プログラム計画の作成実習」を行ったことで、自分たちが何をどのように伝えるのかきちんと考えることができた点や、「④リスクアセスメント」の必要性を実感できた点について、良い評価を得ることができた。また、「人前で話をするのが苦手」という人もおり、「今回やってみてよかった。自分の話したいことを整理しておくことが必要だと実感した。」という声もあった。
5.考察
地域の観光ガイドの設置は、来訪者が体験や解説を通じてその地域や地域資源の素晴らしさに共感することで、その地への思い入れを持つことを目的としているはずである。観光ガイドがインタープリテーションの考えに基づく技術を学ぶことは、より共感を呼ぶガイドを育成するために有効であると考える。これからの観光によるまちづくり・地域づくりに多くの地域・観光インタープリターが活躍することを期待したい。
参考文献
1)「2003年版九州経済白書」:九州経済調査協会
2) 「インタープリテーション入門」(1994):日本環境教育フォーラム監訳・小学館
3)、4)「インタープリターの視点」No.50(山ふる解説員通信No.62/2008)、No.65(山ふる解説員通信No.77/2012)」:日本インタープリテーション協会小林毅・(株)自然教育研究センター