第12回 ありがとうの時間(2022年7月)

ここ最近、夕食のときに家族がそろうと「今日のありがとう」を伝え合うことにしています。

それは自己肯定にも他者肯定にもつながるなぁと思います。

 

特別なことをしたらもちろん、日常の当たり前になっているようなことや、好きでやっているようなことも、「ありがとう」と言われたり「ありがとう」と伝えてみたり……。

それは5歳の長男にとってもうれしい時間のようで、始めてみて良かったなぁと感じます。

1歳の次男はそもそも言葉が伝わらないですが、それでも間接的には意味がありそう。

 

たとえどんなに心の中で感謝していたとしても、言葉にしないと届きづらいことってあるものです。

 

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さて、リモート勤務のデメリットもまた「言葉にしないと伝わらない」ところにあるような気がします。

 

たとえば、リモート会議中。画面の向こうで誰かがムスッとしていたとします。

こちらはついつい「なんで怒っているのかなぁ。何か悪いことしちゃったかなぁ」と考えてしまう場面です。

 

対面だったら、人は知らず知らずに文脈や環境情報をたくさん共有しています。

慌てて入ってきて席に着く様子があれば「急いで来て疲れているのかなぁ」と思うだろうし、部屋が暑いなら「この人も暑くて不快なんだろうな」とわかるだろうし、おなかを押さえていたら「おなかが痛いのかな」と気づくでしょう。

何にせよ、不快な表情が「自分のせいではないだろう」と想像しやすいです。

 

でも、オンラインだとそうはいきません。

共有している文脈や環境情報が乏しいので、知らず知らずになんでも「自分のせい?」と考えてしまいがちです。

 

そんなときは「なんでムスッとしているの?」と言葉にして質問しない限り、ただモヤモヤが募ってしまいます。

とは言え、相手にそんな直球の質問をするのも勇気が要ります。ともすれば神経を逆なでしそうだし、もし本当に自分のせいだったらと思うと冷や汗ものです。

だからと言って、自分がムスッとしている側だったとして、自分でそれに気づき、聞かれてもいないのに理由を自然に説明するのは、なかなかハードルが高いです。


オンライン会議に限らず、メールの文面がそっけないときなども、似たような問題が生じますね。

うーん、なかなか難しい問題です。


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さて、この問題。家族の立場からも、同じ事が言えそうです。

メールはもちろん、オンライン勤務でヘッドセットをして話している状態であっても、そばにいる家族に伝わる大部分は、言葉以外の要素です。

難しい仕事で神経質になっていても、理由がわからないということになります。

ずっとそばにいる家族は、「自分のせいでイライラしてる?」って思うかもしれません。

 

だから、ことあるごとに「あなたのせいではないのだ」と伝えなくてはなりません。

パートナーにも、子どもにも、「ありがとう」や「ごめんね」を伝える時間を持っておくのは大事なこと。


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かくいう私は、幼いころから口頭で「言葉にして伝える」ということが大の苦手です。

おっとりしていて、口数が少なく、あるいはそれ以上に場面緘黙だったり、少し吃音もあったからかもしれません。

いや、そうでなくても「言葉にして伝える」ということは誰にとっても難しいものですよね。

 

「言葉よりも大切なものがある」とは信じていますが、そうは言っても「言葉にしないと伝わらないものがある」と意識するのが大切なのかも。

 

さしあたり、意識的に「ありがとう」を伝える機会を作るのは1つの方法。

 

続けてみようと思います。