野島智司さんのコラム、はじまりました

糸島市で「マイマイ計画」を主催する「のじー」こと、野島智司さんのコラムがはじまりました。
かたつむりやコウモリに詳しくて、小さないのちへのあたたかいまなざしを持つ野島さん。一緒に身近な自然を大切にする気持ちを届けていけたらと思います。(2018年6月GCF事務局)

野島さんの著書:
『ヒトの見ている世界 蝶の見ている世界』青春出版社
『カタツムリの謎:日本になんと800種! コンクリートをかじって栄養補給!?』誠文堂新光社
『マイマイ計画ブック かたつむり生活入門』ele-king books(Pヴァイン)

第11回 フンのはなし 2019年4月

かたつむりの面白い特徴のひとつは、そのフンにあります。
飼育したことのある方ならきっとご存知かと思いますが、かたつむりは、
赤いトマトを食べれば赤いフンを、緑のホウレンソウを食べれば、緑色の
フンをします。
かたつむりは植物の色素を分解できないので、食べたものの色がそのまま
フンの色になるのです。

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一方、人間には、植物の色素は分解できるものでしょうか。
乳幼児が家にいると、うんちをじっくり目にすることがよくあります。
おむつ替えのとき、2才の息子にうんちの色を質問すると答えてくれます。
「えーっとねぇ……、ちょっとちゃいろで、ちょっとあかいろ!」 そして、
「あかいろはー、えーっとねぇ、にんじん!」
などと元気に教えてくれたりもします。 うんちに食べものの色が反映されるの
だから、かたつむり同様、人間も色素が分解できないのでしょうか。

いや、そんな実感に反して、人間は植物の色素を消化、吸収できます。
ただし、多くの色素は消化され、吸収されるか、尿として排出されますが、
一部は消化しきれずに残ります。まして乳幼児であれば消化管も未熟ですから、
色素どころか、食べたものがそのまま出てきたりもするのです。
だから、幼児のうんちには、食べたものの色が反映されるのでしょう。
出てくるものに、食べた物の色が反映される。
乳幼児とかたつむりの、ちょっとかわいい共通点だと思うのは、私だけでしょうか。

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ところで、かたつむりは色素を分解できない一方、植物の繊維(セルロース)は
消化して栄養にしています。本来、セルロースという成分は炭水化物に当たり、
エネルギーのかたまりです。しかし、人間は繊維まで消化することはできません。
かたつむりはセルラーゼというセルロースを分解する酵素を作ることができるので、
植物の葉っぱばかり食べていても、エネルギーが効率よく吸収できるのです。
かたつむりは植物ばかり食べて健康的な食生活に見えるかもしれませんが、
案外、炭水化物をたっぷりとっているのです。
米ばかり、パンばかり、麺ばかり食べている誰かと、案外似たようなものかもしれ
ません。

ちなみに、かたつむりのフンにはもう1つ、おもしろい特徴があります。
いつもフンがきれいに折りたたまれているのです。
手足のないかたつむりがどうやって折りたたんでいるのか、考えてみると
不思議ではありませんか。機会があればぜひ、観察してみてください。

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第10回 少しずつ違って 少しずつ同じ (2019年3月)

かたつむりは多様です。
何せ日本だけで800種ものかたつむりがいるのです。
軟らかい体があって、ツノがあって、殻がある。
基本的なかたつむりの構成要素はみんな同じです。

そのなかに、殻の直径が5センチほどの大きなかたつむりもいれば、
おとなでも2ミリほどの小さなかたつむりもいます。
角ばった殻もあれば、とんがった殻もあります。
毛の生えた殻もあれば、殻の退化したなめくじだっています。

種ごとの違いだけではありません。
同じツクシマイマイという1種のかたつむりでも、個体ごとに違いがあります。

たとえば殻。
さまざまに異なる「色帯」と呼ばれる模様があります。
明るい白色の殻をもつものもいれば、殻全体が色濃く見えるものもいます。
みんな同じかたつむりなのに、少しずつ違うのです。

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生きものの多様性。 それは本来、グラデーションです。
本当は境界のない虹の色を、赤、橙、黄、緑、水色、青、紫の7色と
みなすように、種と種の違いは、それぞれ誰かが名前を付けたというだけ。
同じ黄色に無数の黄色があるように、種の内側にも、ときには種と種のあいだにも、
たくさんのバリエーションがあるのです。
そう思うと、生きものの多様さが、また違って見えてきます。

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最近は「多様性の時代」なんてことが言われています。
あまのじゃくな私は、多様性を強調されると、共通性も大切にしたくなります。
多様さを強調すればするほど、ヒトとかたつむりではなんだか天と地ほどに
かけ離れているように思えてしまいます。

でも、40億年もの途方もない時間をかけて多様化した生物は、どんなに離れた
種であっても、共通の祖先がいます。必ずどこかに、共通性があるのです。
共通性もまた、多様性と同じくらい、素敵なものではないでしょうか。
私たちはみんな、どこかで同じ要素を共有し、今を生きている生命体なのです。

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同じだけど、違う。
違うけれど、同じ。 「ヒトとかたつむりにも、意外と同じところがあるのでは?」
そんな想いを抱きながら、すぐそばにいる異なる相手のことを、もっともっと知りたい
と感じてしまう私です。

第9回 いろいろな世界(2019年2月)

私はかたつむりが好きなので、下を向いて歩くことが多いです。
(いや、下を向いて歩くことが多いから、かたつむりが好きになったのかも?)
一般に、何か嫌なことがあると、ヒトはうつむいて歩く傾向にあります。
そういうネガティブな気分の時に、好きな生き物を見つけて気持ちが穏やかに
なれるって、なかなか良いことだなと思います。

一方、たとえば鳥が好きな人は、もしかすると上を向いて歩く方が多いのかも
しれません。
嫌なことがあったときも、大好きな鳥を見たいがために顔を上げられると考えれば、
それもそれで悪くないですね。

ヒトはそれぞれ、見ているものも、歩くペースも、目の高さも、興味の方向性も
違います。
そんな違いがあることが、いいなと思います。

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タイプの異なるヒトといっしょに歩くと、それまでまったく気づかなかった存在
と出会います。
いっしょに歩くヒトが何かの専門家であれば、新たな発見だらけになることは
明らかですが、特に専門家でなくとも、ただ視点が違うヒトといっしょに歩く
というだけで、いつも何か新たな発見があります。

象徴的なのが、子どもと歩くとき。
ウチの子は2才半。ちょこまかと歩き回ります。

最近の生活で特に気づくのは、身の回りにいかに水たまりが多いかということ。
水たまりがあると、ためらいなく入る息子。長靴をはいているかどうかなんて、
関係ありません。というか、長靴をはいていても、中まで水が入り込むほど、
ビチャビチャと遊びます。

それから、小さな穴や隙間の存在にも敏感です。
狭くてとても通れないところも通れるかどうか確かめずには気が済まないし、
地面の穴には、石ころを落とさずには気が済みません。

私よりも早く、カエルの卵塊の存在に気づいたこともあります。

たとえ同じ個人でも、子どものころと今とでは、見ている世界が変わります。
感情の状態でも変わります。かなしいとき、うれしいとき、たのしいとき、
ねむいとき、それぞれ見える世界は変わります。


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同じヒトでこれだけ違うのだから、種が異なる生き物の世界はもっと多様です。
見える広さも、視力も、色も、私たちヒトには想像できないほど多様です。
そもそもコウモリのように視力に頼らない生き物もいます。
いったいどんな風に世界が見えているのでしょう。

のんびりで、人見知りな私は、きっと見過ごしているものもたくさんあります。
さまざまな人と歩くこと、そしてさまざまな生き物のことを知り、想像することが、
私の世界を広げてくれます。
いろんな見方に気づき、大切にできるように、生きていたいものです。 

第8回 不気味な寄生虫(2019年1月)

子どものころ、テレビで初めて映像を観て衝撃的だったのが、
ロイコクロリディウムという寄生虫。

ロイコクロリディウムは、オカモノアラガイというかたつむりの仲間を
中間宿主(一時的に寄生される生物)とする寄生虫の一種。
寄生したかたつむりの行動をコントロールすることで知られています。

ロイコクロリディウムは、かたつむりの体内に侵入すると
長い2本の触角のうちの1本に入り込みます。
寄生された触角は太くなり、特徴的なしま模様が現れます。
本来かたつむりは薄暗いところを好むのですが、
ロイコクロリディウムに寄生されたかたつむりは違います。
ロイコクロリディウムがかたつむりの行動をコントロールして、
明るい目立つところへと誘導するのです。

ロイコクロリディウムに寄生されたかたつむりの触角は、まるでイモムシ。
明るい目立つところにいるものだから、天敵である鳥にたちまち食べられてしまいます。
ロイコクロリディウムは、それがねらいです。
かたつむりを鳥に食べさせることで、自身が鳥の体内に侵入するのです。
鳥の体内で、やがて成長したロイコクロリディウムが産卵をします。
卵は鳥の糞に紛れて地上に落ち、やがてかたつむりに食べられます。

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寄生されたかたつむりの外見の奇妙さもさることながら、
宿主(寄生された生物)の行動をコントロールするというのが、なんとも不気味な話。
かたつむり好きな子ども時代の私には、あまりに衝撃的な映像でした。

かたつむりは単純な生きものだから、
そんなふうに寄生虫がコントロールできるんだと思う方もいるかもしれません。
けれど、ヒトも無縁な話ではありません。

ロイコクロリディウムがヒトに寄生することはありませんが、
たとえばメジナ虫という現在もアフリカの一部に生息する寄生虫は、
川の水を飲んだヒトの体内に侵入します。
体内でメジナ虫が成長すると、やがてヒトは足に激痛と熱の感覚を覚えます。
その感覚から、足を水につけたいと思うようになるそうです。
その結果、実際に足を水につけてしまうと、メジナ虫が幼虫を水中に放出するというわけ。
また、トキソプラズマという寄生虫は、ネズミに寄生すると、ネズミを無気力にしたり、
猫のにおいを好むようにするなど、猫に食べられやすいようにネズミをコントロールします。
ヒトもトキソプラズマが寄生してしまうことがあるため、同じ哺乳類であるネズミ同様、
行動になんらかの影響を受けているという話があります。
じつは寄生虫が他の生物の行動をコントロールする手法は、
まだまだわかっていないことが多いのです。

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もし私たちヒトの行動を、自分に都合の良いようにコントロールできる生きものがいるとしたら、
なんとも不気味です。

あれ?
でも、よく考えてみると、私たちも他人や他の生きものに対して、
そんなことしていないでしょうか。
自分の都合の良いように、誰かの行動をコントロールなんて…そんなこと…
しようとしたことは…えーっと…。

ちょっと2、3日、我が身をふりかえってきます。

第7回 ぐるぐる成長する殻と心(2018年12月)

我が家には2歳の息子がいます。
2歳になると、その子の性格というのがおぼろげながら見えてきます。
なんでも自分でやりたがったり、絵本が好きだったり、
冗談をよく言ったり、料理が好きだったり…。

大人になると小さな頃のことなんて覚えていませんが、
それでもきっと、心の中心部分はこのくらいのころにできているんだろうなぁと思います。

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かたつむりの殻は、ぐるぐるうずまきです。

かたつむりは卵から孵化した直後は1巻き半の小さな貝殻を背負っています。
この貝殻は、かたつむりの成長とともに大きくなります。
付加成長と言って、殻の出口が少しずつ継ぎ足され、2巻き、3巻き、4巻き…と、
だんだん巻き数が増えていくのです。

つまり、殻の中心はずっと孵化直後の子ども時代のまま。
これってなんだか、人の心の成長に似ていませんか。

また、殻の成長は出口が継ぎ足されるだけではありません。殻の厚みも継ぎ足されます。
孵化直後のかたつむりは、とても薄い殻しかもっておらず、簡単に壊れてしまいます。
けれど、大きく成長するにつれて、分厚く頑丈な殻になるのです。

これも心と似ています。
傷つきやすかった子どものころに比べ、大人になると多かれ少なかれ、図太くなりますよね。

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もし人の心を目で見ることができるなら、
それはきっと「うずまき状」なんじゃないかと思います。
かたつむりの殻と人の心が違うのは、
かたつむりの殻は自分一人の力で合成し、修復するのに対して、
心は他者の心に触れて成長し、他者の心に触れて修復するところなのかもしれません。

ちなみに、かたつむりの殻は何らかの衝撃でヒビが入ったり、割れたりしても、
多少のことなら修復できます。
まったく元通りとはいきませんが、独特のあじわいのある殻になっていきます。

第6回 かたつむりとの相性診断(2018年11月)

人には、かたつむりとの相性とでも言うべきものがあるような気がします。
今回は私の独断と偏見に基づき、かたつむりとの相性が良い人のポイントを
3点にまとめてみます。

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1つ目は、待つ力。
かたつむりは、動きがゆっくりです。
長いあいだ殻に引っ込んでしまうこともあります。
何か観察したい行動があっても、早く姿を見たいとか、早く動いてほしいなどと
思って無理に急かすと、むしろ逆に殻に引っ込んでしまいます。
興味を持った対象をじっくり待って観察できるという人は、
かたつむりを見ていても飽きることはないはずです。

2つ目は、雨を楽しむ才能。
雨の日は、外で遊びづらくなります。
ですが、たとえば子どもは、水たまりをチャプチャプしたり、
雨の音を楽しんだりするのが大好きです。
子ども時代に雨の日を楽しいと思えた人は、
かたつむりと出会う機会も多かったのではないでしょうか。

3つ目は、小さなもの、弱いものへの関心。
かたつむりは、ゾウのように大きくも、ライオンのように強くもありません。
軟らかい身体はもちろん、殻だって人の手で簡単に壊せるくらいの薄いもの。
多くの動物の餌になってしまう小さく弱い生きものです。
そのような小さなもの、弱いものに関心を持てる人は、
かたつむりとの相性もさぞ良いことでしょう。


「待つ力」「雨を楽しむ才能」「小さなもの、弱いものへの関心」
こう考えると、かたつむりと相性が良い人って、
なんだかおとなしい人なんじゃないかと感じます。

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ところで、民俗学者の柳田国男は「でんでんむし」「まいまい」のような
かたつむりを表す方言がかつて多様だったことを明らかにしています。
柳田は「デェラボッチャ」「マイマイドン」「カッタナムリ」「ツングラメ」
「イヘカエル」「ゼンマイ」など、全国各地のかたつむりの呼び名を
240種類以上も収集しました。
そして、これほど方言が多様化した理由を「童児の力」だと言っています。
子どもたちが「つのだせ、やりだせ」のようなわらべ唄を通して、
かたつむりと遊びながら呼び名を多様化させたと言うのです。

つまり、かたつむりともっとも相性が良いのは、どうやら子ども。

そう考えると、上に挙げた3点も「おとなしい」というより、
むしろ本来は「こどもしい」(?)性質なのかもしれません。

【参考文献】柳田国男『蝸牛考』岩波文庫

第5回 コアオハナムグリのもぞもぞ感(2018.10)

カタツムリやコウモリ、ナメクジなど、なんだか暗いジメジメしたところにいる
生きものばかり好きな私ですが、例外もいくつかあります。

その1つが、コアオハナムグリ。
10円切手の図柄にもなったことのある、身近でありふれた、おなじみの昆虫です。
このコアオハナムグリのことが、私は大好きです。
ざっくり言えば、毛むくじゃらさ、つかまえやすさ、もぞもぞ感、という3点が大好きなポイントです。

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1.毛むくじゃらさ
子熊のような毛むくじゃらさが、とってもかわいいポイントの1つ。
ハナムグリは漢字で書くと「花潜」で、その名の通り、もぞもぞと花に潜って花粉や
花の蜜を食べます。ノアザミやハルジオン、タンポポはじめ、さまざま花に訪れます。
毛むくじゃらな身体に花粉をまとって、ポリネーター(花粉の運び屋)の役割も果たしています。
毛むくじゃらなところには、かわいさだけじゃなく、生きものとしての機能が隠されているのです。

2.つかまえやすさ
子どものころ、コアオハナムグリを見かけるたび、よく捕まえていました。
あまり人を警戒しないので、手づかみで簡単に捕まえられます。
ハナムグリ類は上翅を開かずに下翅だけを広げて飛べるという特性があるので、
多くのコガネムシよりも素早く飛び立てるはずなのですが、なぜだか飛んで逃げるということは
あまりありません。どちらかと言えば、脚を縮めてコロリと転げ落ちて逃げていきます。

3.もぞもぞ感
なんといっても、コアオハナムグリの醍醐味はこれです。
コアオハナムグリをつかまえると、もれなくもぞもぞ感が味わえます。
手のひらに乗せると、手指の隙間をグリグリと潜り込もうとするのです。
このもぞもぞした感触がたまらなく良いのです。

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コアオハナムグリ。
見かけたときはぜひ「もぞもぞ感」を味わってみてください。

第4回 カタツムリと掃除機 (2018.9)

掃除機をかけていると、かたつむりを思い出します。

掃除機をかけるときは、ヘッドを左右に振りながら、床全体をまんべんなく網羅して、
少しずつ移動します。これと同じことを、かたつむりは採食行動でやっています。
その証拠が、ガードレール表面に残された、この食べあと!

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よーくみるとジグザグに食べているのがわかります。
ガードレール表面にはクロレラなど藻類がたくさん生えています。
かたつむりはこの藻類をむしゃむしゃと食べて、栄養にしています。
そのとき、エネルギーを摂るために食べているのに、移動にエネルギーを
使ってしまっては効率が悪すぎます。

そこで、移動をできるだけ少なく、頭を振って効率よくごはんを食べようとするの
です。 掃除機と違うのは、何も全体をすべて網羅しなくてもいいということ。
そのため、ときどきおもしろい食べあとに出合います。

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たとえば、まるーく描いて食べたり。 からだをクルリと回転させながら食べたの
でしょうか。
もしかしたら、何らかのメッセージを伝えた「かたつむり文字」なのかもしれない…。
そんな妄想をしながら、食べあとを見るのもまた楽しいです。
注意してみると、ガードレールや看板など、いたるところにかたつむりやなめくじの
食べあとがあることがわかりますよ。

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かたつむり的世界観 第3回「なめくじの不思議」(2018.8)


「かたつむりとなめくじって、どう違うの?」

人からよく聞かれる質問の1つです。
簡単に答えるとすれば、かたつむりもなめくじも同じ仲間で、単に
殻をもっているかいないかの違いです。
ただ、詳しく説明するとなると、事情は複雑です。

そもそも「かたつむり」自体、生物学的な定義のある言葉ではありません。
軟体動物(貝のなかま)のうち、陸上に棲むものを「かたつむり」と
呼ぶことが多いのですが、それだけだとあまりに広すぎると「柄眼目」という
一定の分類群だけを「かたつむり」と呼ぶという人もいます。

ただし、これらの定義にも問題があります。
これらの定義だと、「なめくじ」も「かたつむり」に含まれてしまうのです。
一般的に「なめくじ」は「かたつむり」に含まれませんが、生物の系統としては
「なめくじ」は「かたつむり」の仲間の一部であり、さらに「かたつむり」の
仲間のたくさんの枝分かれのうち、いくつかバラバラに「なめくじ」の仲間が
いるのです。

「うーん、ややこしい! よくわからん!」
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まぁ、そうですよね。
つまりは、かたつむりの長い進化の歴史の中で、一度だけでなく、
何度か貝殻をなくす方向への変化が起きているということ。

このように貝殻をなくすという進化は、実は貝類としては珍しいことでは
ありません。専門的には「ナメクジ化」と呼ぶ、しばしば起こる現象です。
例えば、イカやタコはオウム貝の仲間がナメクジ化した生物。同様に、
アメフラシやウミウシ、クリオネも巻き貝の仲間がナメクジ化した生物です。

「ナメクジ化」にはいくつかのメリットがあります。
貝殻が不要なので、カルシウムの摂取量が少なく済み、さらに身体が
軽くなります。つまり、省エネ、低コスト。大きな殻は移動の障害にも
なりがちですが、ナメクジ化すると狭い隙間にも入り込めるようになります。

かたつむりにとっては大事な殻も、思い切ってなくしてしまうことで
大きなメリットがあるなんて、生き物って不思議です。

もしかしたら人も、ナメクジ化すると何かメリットがあるのかもしれません。
ん? 人にとっての「殻」って、いったいなんでしょう。
家? お金? 肩書き? それとも…?

かたつむり的世界観 第2回(2018.7)

かたつむり大好きな私ですが、
私の学生時代の研究対象はかたつむりではなく、コウモリでした。
コウモリもまた、私の世界観を変えた生きものです。

コウモリは言わずと知れた夜行性の動物。
奥深い森林にも大都会にも、それぞれの環境に適応した種類が生息しています。

私が6歳頃まで住んでいたのは東京の住宅地。
夕方になると、どこからともなく現れて空を舞う、アブラコウモリというコウモリがいました。
主食である虫と間違えて近づいてくるので、小さな石を空に投げて遊んだことを覚えています。

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コウモリの魅力は、ヒトとは対照的な生活スタイルにあります。

▼昼間に寝て、夜に活動する
コウモリはヒトに気づかれにくい生きものです。
夕方から飛び始めるので薄暗い時間帯なら目に見えるのですが、
生きものに興味が無いと「ただの鳥」と思ってしまうかもしれません。

▼地上を歩かず、空を飛ぶ
ヒトは地上を歩く生きもの。
両眼を使って立体視のできる生きものではありますが、移動はあくまで平面的。
コウモリは翼を使って空を飛べるため、空間的な移動が可能です。
一方、地上を歩くのがとても苦手です。

▼目よりも耳で「見る」
ヒトは視覚に頼った生きもの。
一方コウモリは、視覚はあまり使っていません。
鼻と口からヒトの耳には聞こえない超音波を発して、反響した超音波を耳で知覚して、
周囲の環境を知覚するのです。

▼休むときはさかさま
コウモリは空を飛ぶため、体重が軽くなるように進化しています。
骨は細く、ヒザの関節はヒトとは逆向きになっていて、立ち上がることはできません。
あしの爪が発達しているので、壁などに爪を引っ掛けて、ぶら下がって休むのです。

▼でも、ヒトにけっこう近い
ヒトとは対照的な生活スタイルの一方で、近い部分もたくさんあります。
何より、ヒトと同じ哺乳類であることが大きいです。
鳥類とは異なり、赤ちゃんを産んで、母乳で育てます。
翼は羽根ではなく、よく見るとヒトと同じ5本指であることがわかります。

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さらに、アブラコウモリという市街地に適応したコウモリは、
人工建造物をねぐらとして利用します。
ヒトの暮らしと密接に関わっている生きものなのです。

<見えづらい夜空に、超音波を交わしながら暮らしている生命が、私たちのすぐそばにいる>
それがわかると、自分の見知っている世界が、世界のほんの一部に過ぎないんだと実感します。
同じ世界を共有する生きものは、きっとまだまだたくさんいるということも感じます。

かたつむり的世界観 第1回(2018.6)


私は物心ついた頃には、かたつむりが大好きで、今でも「かたつむり見習い」を名乗るほど。
「どうしてかたつむりが好きなの?」と聞かれることがよくあります。

以前は「それはこうこうこういうわけで」と理由を説明していたのですが、説明したあとでやっぱり違ったかも…と後悔するばかり。
最近ではもう「理由はわからないんです」と、素直に答えるようにしています。

どうして好きなのかはともかく、かたつむりが魅力的なおもしろい生物であることは確かです。

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何より、かたつむりのことを知ると、世界が違って見えてきます。

かたつむりは目の良い生きものではありません。
皮膚感覚で環境情報の多くを知覚し、大きなツノ2本と、小さなツノ2本で触れて、光を感じて、匂いや味を感じます。
時間感覚も、人よりずっとゆっくり。
オスとメスの区別はなく、雌雄同体の生きもの。

人とはあまりに違う生きもの。
彼らはどんなふうにこの世界を見て、感じているのでしょうか。

かたつむりを見ていると、ついついそんなことを考え始めてしまいます。


かたつむりは日本におよそ800種というほど、たくさんの種類がいます。
ご存知の通り、ゆっくりと這って歩むことしかできないため、ちょっとした小川も越えることができません。
そのため、集団が分断されやすく、多様な種類に分かれやすいと考えられています。

小川も越えられないくらいなので、人の暮らしに影響を受けやすいことも確かです。
たとえば、道路。
横断歩道で信号が青になるのを確認して進むなんてことはもちろんできないですし、車の往来に気づいて引き返すことさえもできません。
もっとも、信号が青になるのがわかったとしても、赤になる前に渡りきれるとは思えませんが……。


自分の知っているつもりの世界に、自分とは違う見方があるということを、私たちはしばしば忘れがちです。
でも、かたつむりの見え方を想像すると、世界の見え方が1つではないと思い出します。

好きな生きものがいると、世界が豊かになるように思います。